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ヴェルサイユ宮殿スペクタクルのレビュー

4 12月 2019
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来年創立250周年を迎える王室歌劇場ではアツいプログラムが目白押し

今日の最高気温は4度、いよいよ寒さが身に染みる季節になりました。宮殿周辺や私の住んでいる通りでは今週からイルミネーションが始まり、通りゆく人々の心を温めてくれます。
そんな中、ヴェルサイユ宮殿では連日アツいスペクタクルが催されています!今回は先月下旬から今週にかけて行った5つのオペラ、演奏会をまとめてレビューしたいと思います。

まずは11月20日、王室歌劇場でエマニュエル・アイム率いるル・コンセール・ダストレのグラン・モテ。ラモーの「主が連れ帰ってくださった時In convertendo Dominus」、モンドンヴィルの「イスラエルの民エジプトを出でIn exitu Israël」、そしてカンプラのレクイエムという超激アツなプログラム。これはもう行くしかないですよねー。エマニュエル・アイムは業界ではまだまだ少ない女性指揮者で、このアンサンブルを生で聴いたのは今回が初めてでしたが、デビュー時のラモー「イポリトとアリシ」の素晴らしい上演の映像は随分前から知っていました。
ラモーの「主が連れ帰ってくださった時」はあの1曲目がもう最高に良いんですよね。弦楽器とフルートが織りなすあの絶妙な色合い…。これこそラモーの成せる業といった感じです。このオーケストラもしっかり表現してくれました。モンドンヴィルの「イスラエルの民エジプトを出で」は今回初めて聴きましたが、この作品はすごい!特異な調性の使用、劇的な歌詞を表現するためのオーケストラの効果音、最初から最後までモンドンヴィルの世界に引き込まれました。オーケストラパートも難易度の高い箇所が多かったように思いましたが、弦楽器奏者たちが果敢に挑んでいて効果は抜群。カンプラのレクイエムは6月に私たちも演奏したので記憶に新しい所ではありますが、研究センターの指揮者オリヴィエ・シュネーベリとは当然違う味付けでまた新鮮でした。
さて続いてはその翌日、王室礼拝堂での木曜演奏会を終えた後に行ったエルキュールの間での演奏会。リュリとその後継者のオペラで活躍したオートコントル歌手ルイ・ゴラール・デュメスニーLouis Gaulard Dumesnyへのオマージュを捧げたプログラムで、ベルギー人テノール歌手レヌー・ファン・メシュレンReinoud Van Mechelenが彼のアンサンブルを率いて歌い通すリサイタルでした。エルキュールの間での演奏会は年に数回あるのみで、主に室内楽や歌手のリサイタルが行われています。あの息をのむほどの装飾が施されたルイ14世渾身の作であるエルキュールの間での演奏は雰囲気からしてもう格別。
演奏の方はというと、オーケストラは力強いバスラインが特に素晴らしくて申し分ないのですが、当のメシュレンは…どちらかというとタイユ寄りで、オートコントルにしてはやや声が重いかなと個人的には思ったのと、レシタティフは「歌う」のではなくもう少し個々の言葉を「語る」方が良いかなと思いましたが、一緒に聴いていた研究センターの歌手たちは絶賛していたのでそうでもないのかもしれません。プログラム構成はリュリとその弟子のコラス、デマレ、シャルパンティエの悲劇の名場面集といった感じでした。個人的にツボだったのはアンコールでカンプラの「優雅なヨーロッパ」スペインの冒頭の素晴らしいパッサカーユを用意してくれたこと。あの作品は悲劇ではないのでこの演奏会には取り入れなかったのかなと思っていたところでの演奏だったので、これはとても嬉しかったです。
3つ目は24日に行った王室歌劇場でのカヴァッリ作「エルコール・アマント」の舞台上演。ルイ14世の宰相マザラン枢機卿の下イタリア・オペラをフランスに導入しようとカヴァッリをパリに招聘して制作、1662年に上演された記念碑的な作品です。演奏はラファエル・ピション率いるピグマリオン。3時間半の長大な作品ですが、あまり上演されないだけに詳細なあらすじがインターネットでも見つけられず、結局良く分からないまま観劇してしまったのを後悔しました。パンフレット買えばよかったですね。演奏は素晴らしいかったのですが、演出が個人的にはあまり好みではありませんでした。喜劇なので突っ込みポイントを作るのは良いけれど、真剣な場面でもちょくちょく変な笑いのポイントを作ってしまっていて何だか気が散るし、あとヴィーナスがピンクの気球(のような飛ぶ何か)を操縦しながら降りてきたり、ネプチューンが金色の潜水艦から出てきたりと音楽の雰囲気とはあまりに不釣り合いな現代的要素があるのもマイナスポイント。まあでもこの作品を舞台上演で観劇できる機会はそうそうないので、その点では満足でした。
4つ目は26日のリュリ「カドミュスとエルミオーヌ」の王室歌劇場でのコンサート上演、演奏はヴァンサン・デュメストル率いるル・ポエムアルモニーク!同じ作品の照明、衣装共に上演当時をできるだけ再現した上演映像はもうただ素晴らしいの一言で、コンサート上演なのは少し残念ですが是非生で聴きたいと思いました。上演前にはヴァンサンの「15分解説」にも行くことができ、オペラ上演のこと、発音のことなど色々な話が聞けました。演奏は勿論一級品。どうしたらあのサウンドが実現できるんでしょうね…。プロローグと5幕の長大な作品ですがあっという間に終わってしまいました。もっと聴いていたかった。
最後は昨日12月3日のジャン=バティスト・ロバンの王室礼拝堂でのオルガンリサイタル。ロバンは私の所属するヴェルサイユ地方音楽院のオルガン講師でもあります。王室礼拝堂のオルガンは日頃の木曜演奏会でパリ国立高等音楽院のオルガン専攻生により演奏が行われていて何度も聴いたことがあるのですが、ロバン先生の演奏ということで今回改めて聴きました。ルイ・マルシャンやジャン=フランソワ・ダンドリューの「プラン・ジュPlein Jeu(満ちた演奏での意)」の楽章は奏者と共にヴェルサイユ王室礼拝堂のオルガンの本領発揮というところ。もうこれに慣れてしまったら他で聴く気なんて無くなってしまうくらい、威厳と品格が溢れた響きです。一方でロバン先生自作の曲も1曲披露されました。難解すぎて一般的にはやや不快な現代作品(愛好家の方々申し訳ありません)というわけではありませんでしたが、やはり前後にこのオルガンと空間により適した古い作品が並んだだけに、個人的には古い作品が好みだなと思いました。あとオルガンリサイタルながらトランペットとパーカッションが加わり、リュリの「町人貴族」でのトルコ人行進曲やド・ラランドの「ヴェルサイユ大運河のためのコンセール」なども聴くことができました。

来年2020年はヴェルサイユ王室歌劇場創設250周年にあたり、特にオペラは昨年度よりも興味深いプログラムが多くラインナップされています。今後も少しずつこのブログでレビューしていきたいと思います。
次回は今週末フランスを震撼させる?予定のストライキ&デモについてお伝えしたいと思います。


ヴェルサイユ地方音楽院のオープンキャンパス

23 10月 2019
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今年工事が完了したヴェルサイユ地方音楽院のホール

昨日は天皇陛下の即位礼正殿の儀が執り行われましたね。私もネットの動画で観ましたが、日本の伝統に誇りを感じることのできる厳かな儀式に見えました。
こちらの方はというと、2週間のバカンスに入りました。去年も全く同じことを思ったのですが、始まって早々バカンスというのは何だか出鼻を挫かれるような感じがするんですよね…。

さて今回は先週行われたヴェルサイユ地方音楽院のオープンキャンパスについてご紹介します。
オープンキャンパスでは14日から18日まで連続5夜、各科の演奏による演奏会が行われました。全部は把握していないのですが、少年少女による合唱やダンスなど幼少教育部門も参加していたようです。
この演奏会は音楽院の正面奥にあるオディトリウム(ホール)で行われました。昨年はずっと工事していた建物で、私は今回初めて演奏に使用しました。古楽には響きも雰囲気も音楽院のアパルトマンの方が良いように感じましたが、照明設備も完備された綺麗なホールです。
私は第一夜と第五夜に参加しました。第一夜はミシェル=リシャール・ドラランド作曲の「ヴェルサイユの噴水」のごく一部を上演。指揮は師匠パトリックです。楽隊の編成はあまり大きくありませんでしたが、ヴェルサイユ・バロック音楽研究センターからは今年からの新メンバーを交えた歌手たちが参加し、相変わらず素晴らしい演奏をしてくれました。リハーサルは当日の午後、2時間程度やった後にホールで通しリハーサルをしたのみ。当日リハーサルで本番というプロジェクトは初めての経験でした。面白かったのはアンコール用に歌詞を差し替えたこと。ルイ14世に向けられた「最高の偉大さに敬意を表そう」を「このオディトリウムに敬意を表そう」と「クロード・ドビュッシーに敬意を表そう」(このホールがドビュッシーの名を冠しているため)に差し替えて歌われました。燦然と輝くルイ14世賛歌の音楽にドビュッシーの名が登場したのです(笑)。
第五夜はマラン・マレのトリオの一部を演奏。ヴァイオリンはパトリックと私のみ、他はリコーダー、ヴィオラ・ダ・ガンバ、ギターとパーカッションの先生が当日合流しました。この先生とは今回初めてお会いしましたが、リハーサルで2回ほど通しただけで見事にパーカッションを付けてくれました。
ホールの規模はそう大きくはないので200人程度の収容力ですが、2夜とも満席だったと思います。

来週はフランス南西への旅、まずはボルドー編です。


ヴェルサイユ宮殿展示演奏

25 9月 2019
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展示演奏会場の様子。クラヴサン担当のシャルルが準備中

早くも日本滞在から一か月が経とうとしています。滞在中はここぞとばかりにいろいろな場所へ行って遊んだせいか、去年よりも望郷の念が少し強く感じられる今日この頃です。
さて、先週末はヨーロッパ各国で「ヨーロッパ文化遺産の日」と題したイベントが催されていました。
このイベントは毎年9月の第3週末に開催され、フランスではその膨大な歴史的建造物のうち、平常時は観光客が立ち入ることができない場所も開放されます。また有料の博物館等も無料観覧できるようになるところが多いようです。
ヴェルサイユはもちろん歴史的建造物の宝庫ですから、ヴェルサイユ公共図書館やイタリア人音楽家旧邸、ヴェルサイユ地方音楽院やヴェルサイユバロック音楽研究センターも観光客向けに開放されました。ヴェルサイユ宮殿も王のアパルトマンや鏡の回廊とまではいかないまでも、王室礼拝堂や王室歌劇場は無料で入ることができたようです。
そんな中、私はヴェルサイユ宮殿の北翼棟にあるフランス史博物館の「ルイ14世の間」の一室で2日間展示演奏を行いました。これらの部屋は元は宮廷貴族のためのアパルトマンでしたが、ルイ=フィリップ王がヴェルサイユ宮殿を博物館とした際に改装され旧体制時代の内装は残っていません。現在では買い戻されたごく少数の家具と、壁面には王族、軍人、学者や文化人などの肖像画が並んでいます。
展示演奏はヴァイオリン同門下の3人で1日2時間半ずつ担当しました。といってもずっと弾いているわけではなく、任意に適宜休憩を入れながらで良いという話でした。
土曜日の私の担当は朝9時半から12時の枠。最初は人が来ずとりあえずリハーサルしようかと言って弾き始めたら、次第に観客が増えてきました。
今回用意したのはジャン=ジョゼフ・カッサネア・ド・モンドンヴィルの倍音のソナタ1曲、ジュリアン=アマーブル・マテューのソナタ1曲と、それにクラヴサンのシャルルが用意したジャン=フィリップ・ラモーのクラヴサン曲2曲です。どれもルイ15世時代、1730-50年代の作品です。
演奏会ではないので楽章が終わるたびに拍手をもらい、次の部屋へ進む客と入ってくる客の動向を見ながら次の楽章に移るという進行でした。でもその場に留まって全ての楽章を聴いてくれる方も多かったです。師匠パトリックと私の部屋の大家さんも来てくれました。
所々で係の方がヴェルサイユ宮殿とルイ14世時代の音楽活動について簡単に紹介していましたが、曲については私から話すことになりました。
全ての楽章を弾き終わると、ありがとうございました、この後も良い観光をと言って締めくくるのですが、そのまま留まって次の演奏を待ち望んで下さる方も多く、またその間にも次々と新しい客が入ってきて本格的な休憩をするということは中々できませんでした。だって客が待っているなら弾きたいですもの。
そんなわけで、給水とトイレ休憩、シャルルが弾く2曲の間を除いてほぼ休憩はありませんでした。いや実際にはあったのかもしれないですが、このような形態の演奏は初めてで精神的に休めなかったというのが実情でしょうか。
終了後はのんびりと配布された昼食をとり、ヴィオル担当で日曜日のみ参加のマノンと合流して翌日のためのリハーサルを音楽院で行った後は帰宅して昼寝…のつもりが相当疲れたのか夕食前まで寝てしまいました。
日曜日の担当は午後、15時から17時半の最後の枠。午前中から午後にかけて雨が降り湿度が上がったのと、日曜日だからか午後の枠だからなのか観客が前日の比ではなく、会場は相当に蒸し暑くなりました。しかもシャルルがパリのメトロで問題があったらしく中々到着せず、観客が待ち焦がれる中で急遽バッハの無伴奏を弾くことになり若干変な汗をかく始末…。私は汗をかきやすいので夏場の演奏は対策を欠かさないのですが、もう秋になって大丈夫だろうと思っていたんです。でもバッハを弾き終わって、やっと到着したシャルルとそのままモンドンヴィルのソナタを弾いていたらもう顔から汗が噴き出していました。
その後は窓を開けてもらったのと、半ばかぶりつき状態になっていた最前列の観客に一歩下がっていただいたので多少は涼しくなりました。でも熱気と湿気で狂ったクラヴサンの調律はそのまま…(笑)。
今回嬉しかったのが、意外?にもマテューのソナタの評判が良かったこと。彼は27年間にわたって王室礼拝堂の楽長を務め、ルイ15世とルイ16世に重用されたヴァイオリン奏者、作曲家でしたが、今日では全く忘れ去られてしまっています。ヴェルサイユ宮殿で約250年後、自分の作品を日本人が演奏するとは彼も思っていなかったでしょうが、多くの人々に受け入れられたのであれば少しは供養になったのかなと思います。
一方課題だったのはモンドンヴィルのソナタで使用した倍音奏法。このソナタはヴァイオリン史上最初期の倍音奏法使用例で、その他の一般的なバロックヴァイオリンのレパートリーではほとんど登場しないこの奏法は、モダンヴァイオリンの弦では何の問題もありませんがガット弦では鳴らし方をもう少し研究しなければいけないなと思いました。

次回はパリの日本人たちの台所、京子食品についてお伝えします、


ヴェルサイユのノートルダム地区(後編)

18 9月 2019
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市民の憩いの場となっている旧王立病院の中庭

すこし夏が戻ってきたようで、日中は半袖でないと少し暑い快晴の日が続いています。しかし日が暮れるのは日増しに早くなり、あの長い暗闇の冬がすぐそこまで来ているかと思うとこの青空を味わえるのも今のうちです。
今週から新学期が始まりました。バカンス中は開校時間が短く、小さい部屋で練習することを強いられていたのでようやくといった感じです。室内楽担当の先生は家庭の事情でしばらく来られないとのことで、アンサンブルは今しばらくお預けに…。

さて、今回は前回に引き続きヴェルサイユのノートルダム地区についてお伝えします。

  • ポンパドゥール夫人の館
  • 前回紹介した王妃の厩舎からさらに西へ進むと、ルイ15世の愛人として宮廷で権勢を誇ったポンパドゥール夫人の館があります。彼女はもちろん宮殿内にもアパルトマンを持っていましたが、宮殿に隣接するこの場所にも館を持っていました。ルイ15世の趣味による建築でしたが、19世紀以降ホテルとして転用された際に高く増築され今日ではよく見る集合住宅のような外観になってしまいました。現在は政府所有で基本的に内部に立ち入ることはできません。

  • モンタンシエ劇場
  • ポンパドゥール夫人の館の右隣に、1777年に完成したモンタンシエ劇場があります。内部は水色と金色で彩られた小さいながらも豪華な劇場です。すぐそばに王室歌劇場があるのに…王政末期の財政難にしては羽振りがいいですね。
    現在では市営の劇場になっていて、演劇を始めたくさんのプログラムを上演しています。機会があれば観てみようと思っています。

  • ランビネ博物館
  • モンタンシエ劇場から北へ進み、レーヌ通りを東へ進むと、ランビネ博物館があります。ルイ15世治世下の建築でランビネ家の館でしたが、1929年にヴェルサイユ市へ遺贈され市営博物館となりました。18世紀の装飾美術品、革命やヴェルサイユ市の歴史に関係する品が展示されています。
    今回の記事を書くにあたり入館しようと思ったのですが、今週末に無料開放があるのでその際に行くことにしました(笑)。
    庭園も様々な花が植えられ可愛らしい仕上がりとなっています。

  • 旧王立病院(リシャール病院)
  • レーヌ通りをさらに東へ進むと、ギリシャ神殿風の正面が特徴的な広大な建築、旧王立病院があります。ルイ14世によって計画された壮大なヴェルサイユ造営では、王の夢の一方で工事による怪我人も続出していました。そのような者たちを受け入れていた慈善病院が1720年にこの王立病院となりました。その後増築が繰り返され現在の姿になりましたが、1981年に病院が移転したことでこの建物は放棄され一時期は荒廃していました。
    しかし2009年から再整備が始まり、現在では内外ともすっかり美しい姿を取り戻しています。中庭は毎日開放され市民の憩いの場になっている他、曜日限定でアート展覧会も開催されています。他の建物内は一般人は立ち入れず静まりかえっていますが、一部は歯科医院となっているようです。

ヴェルサイユは宮殿だけでなく、このようにいろいろな見所がたくさんあります。宮殿があまりにも広大で観光するにはどうしてもそれだけで一日使ってしまいますので、ヴェルサイユには泊りがけで来るか、何度か足を運んで是非他の場所にも行ってみてくださいね。

次週は今週末行われる「ヨーロッパ文化遺産の日」とヴェルサイユ宮殿での展示演奏についてお伝えします。


ヴェルサイユのノートルダム地区(前編)

11 9月 2019
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活気を見せるノートルダム市場

季節はすっかり秋になり、朝晩はだいぶ冷え込むようになりました。道行く人にはなんとコートにマフラーの人までいます。ちょっとそれは早すぎるのではと思うのですが、案外フランス人は寒がりなのでしょうか。
バカンスも今週で終わり、来週から音楽院の授業が始まります。ヴァイオリン科の顔合わせは今週ありましたが、他の楽器にはどんな人が来るのか楽しみです。
さて今週はヴェルサイユのノートルダム地区についてご紹介します。
普段私が行動するのは住んでいるサン=ルイ地区ばかりで、パリ通りを挟んで反対側にあるノートルダム地区にはあまり行かないのですが、実はここにも色々と施設や見どころがあって行ってみると楽しいものです。

  • ヴェルサイユ・ノートルダム教会
  • この地区のシンボルです。ルイ14世治下の1684年から建設が開始され、2年後に完成しました。設計は王の建築家でお馴染みのジュール・アルドゥアン・マンサールによりますが、王室礼拝堂やパリの廃兵院聖堂に比べて非常に静的な外観になっています。正面のファサードは中央扉の左右に2本ずつの円柱が配置され上部の三角の破風を支える構図になっていますが、バロック建築にしては凹凸がほとんど強調されず、装飾も控えめです。
    聖堂に入ると、左手にマンサールの胸像と彼を記念するプレートがあります。身廊(聖堂の中央部分)と側廊(身廊の左右部分)を隔てる壁面は古代ローマ風に円柱のピラスターと上部のフリーズが美しく配置されていて、華やかさは抑えられているもののこの辺りはマンサールらしさが感じられます。奥の内陣部分の天井の縁取りには花の装飾要素が取り入れられています。
    現在、一番奥には「シャペル・デュ・サクレ=クール」と呼ばれる円形の別の聖堂がありますが、これは19世紀になってから増築されたものです。

  • ノートルダム市場
  • ノートルダム教会から教区通りを東に進むと、交差点を囲うように建物が建てられた市場があります。ルイ13世時代からの長い歴史を持つこの市場は月曜日を除く毎日開催されていて、交差点付近の屋外、4隅の建物内で展開され活気を呈しています。ヴェルサイユでフランスのマルシェを堪能したいならここでしょう。
    地下には駐車場が整備され、4隅の馬に乗る貴族の絵でカモフラージュされたエレベーターで行くことができるようです。
    北西のエリアには古美術商店が多く立ち並び、18世紀の調度品たちが店内に飾られているのを窓越しに眺められるのですが、あまりにディープそうでまだ入る勇気がありません笑。まあ買っても今の部屋には置くところがないですしね。
    彼らはまた、ヴェルサイユ宮殿の散逸した調度品の買い戻しや修復にも一役買っているのです。

  • オシュ高校
  • ノートルダム市場をさらに東へ進むと、オシュ高校があります。この建物は元々、ルイ15世の王妃マリー・レグザンスカの命令により建てられた女子寄宿学校で、その後王室大学を経て今日のオシュ高校になりました。正門から庭園と奥の聖堂を覗くだけですが、ルイ15世時代の建築物として一見の価値はあると思います。

  • オシュ広場
  • 今度はノートルダム教会から南に行ってみましょう。1671年にこの地区を飾るために計画された八角形の広場で、当初は噴水広場と呼ばれていました。周囲の建物は殆どが住居ですが、現在でも八角形の広場の構造を保っています。
    今日では噴水はなく、中央にはヴェルサイユ生まれでフランス革命に参加した将軍であるラザール・オシュの銅像が置かれています。銅像周辺の木の下では昼間は年老いたマダムやムッシュが談笑し、夜は若者が屯して騒いでいます。
    ちなみにノートルダム教会からこの広場の方を見ると、オシュの銅像の向こうに宮殿前にあるルイ14世の騎馬像が見えます。整備された美しい街並みですね。

  • 水源のパヴィリオン
  • オシュ広場から西へ進むとすぐ、ルイ14世様式の建物があります。説明をよく読んでみるとここの地下には周辺の噴水へ水を供給するための貯水池があったとのことで、付属の建物が今日でも残っています。通り沿いの建物のドアには呼び鈴とネームプレートがあったので、現在は住居になっているのでしょう。この建物に住めるのか、すごいぞヴェルサイユ。

  • 王妃の厩舎
  • 当初はルイ14世の馬のための厩舎としてルイ・ル・ヴォーの設計により建設されましたが、まもなく宮殿の正面にマンサールの設計による巨大な厩舎が造営されたため、この厩舎は王妃のための馬の厩舎となりました。現在は控訴裁判所となっているため観光目的で入ることはできませんが、正門から中庭とコの字形の厩舎の建物を見ることができます。砂岩と赤煉瓦を配置したルイ13世様式の美しい建物です。

あと4つ紹介したいところがあるのですが、長くなったので来週に持ち越したいと思います。


留学1年目の総まとめ

31 7月 2019
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すっかり仕事場になったヴェルサイユ宮殿王室礼拝堂


ついに梅雨が明けましたね。日本の夏はフランスに比べて湿度が高く、まとわりつくような暑さで汗がなかなか乾かないのが曲者です。私は汗をかきやすいのでフランスの方が過ごしやすいですね。
先週末は西日本の方へ旅行に行ってきました。ずっと行きたかった広島県の厳島神社に行くことができたのと、山口県のSLやまぐち号に20年ぶりに乗車、京都の鉄道博物館にも寄って日本の鉄道を満喫してきました。やはり日本の鉄道は面白いです。

さて、今回は留学1年目の総まとめということで、この1年間にあった主なトピックと感想、お役立ち情報について書ければと思います。

・師匠パトリック・コーエン=アケニヌ
一昨年の9月に一度会ってレッスンを受けただけでの渡仏でしたが、今の自分の目指す目標にはとても合致した先生でした。特にアンサンブルでの統率の仕方を彼から学んでいます。
来年度はプロのオーケストラにいくつか呼んで下さるとのことなので、今から楽しみです。

・ヴェルサイユ地方音楽院
学校については過去の記事でも取り上げましたが、18世紀の建物の響きを感じられること、学校のプロジェクトでヴェルサイユ宮殿王室礼拝堂や大厩舎などで演奏できたことはとても良い経験になりました。入学時のガイダンスがほとんどなく、例えば部屋の使用の際に守衛に一声かけることは後になって知りましたが(笑)、2年目も積極的に活動していきたいと思います。
来年度はパリ地方音楽院と合同でマレの音楽悲劇上演プロジェクトがあるとのこと!

・フランス語
うーん、何とかここまで来ましたがまだまだ力を伸ばしたいです。私の場合はただ会話ができればいいということではなくて、18世紀以前の専門書を読んだり、オペラやカンタータなどのテキストの朗唱法や詩の裏側まで知らなければいけないので…。
会話でもここのところは新たな問題があって、頭で文章がある程度速く作れるようになった分、口が追いつかないんです。私は日本語でも唇をほとんど動かさずに話す癖があって、フランス語の発音に必要な唇周辺の筋肉が全然足りていないんですね。発音練習を飽きずにやっていきたいと思います。
またフランス語は多少上達しましたが、日本語ほど高度な会話はできずにいたので言語能力そのものは落ちてしまった気がします。ある程度日本人の友人は近くにいた方が良いのかもしれません。

・住居
現在の部屋は内見せずに渡仏前に契約しましたが、少し狭いだけで基本的には問題なく大家さんもとても良い方でした。あと学校や宮殿に近いのが何よりの魅力。
住居関連のトラブルは多いと聞くので良かったです。

・行政その他の手続き
滞在許可証の手続きなどは現在も面会の予約を取って書類を提出するという形ですが、現在は住宅補助や社会保険などオンラインでできる手続きが多くなり、自分のペースで落ち着いて説明を読んで進められるようになりました。今後もどんどんオンラインでできる手続きの割合は増えていくと思います。

その他…
・フランスは生活に必要な雑貨が軒並み高いので、出国前に日本の100円ショップで一通りそろえて行ったのは大正解でした。今回も少し買い足していきたいと思います。
・「アポスティーユ付きの戸籍謄本を法定翻訳した書類」の準備がキャンパスフランスのガイダンスやネット上で話題になりますが、結果的に提出するのはいつも翻訳書類である出生証明書のみで、戸籍謄本の原本を提出する機会はありませんでした。アポスティーユは原本についているもので出生証明書にには反映されないので、アポスティーユは必要なかったことになります。また翻訳はパリの日本大使館に依頼しましたが、提出の際にこの点を咎められることは全くありませんでした(大使館で行ったものは法定翻訳にはならない)。ただ、大学など高等教育機関へ登録する場合にはこれらが必要なのかもしれません。
・フランス人たちは日本のことついてとても興味を持ちながら話を振ってくるのですが、あまり詳しいことになると私も時々知らないことがあり返答に困ることがありました。例えば豊洲市場の移転に関する詳しい経緯とか、日本の寺社に使用されている木材は何なのかとか。世界で活躍する日本人の一人として、もっと日本のことを知らなければいけないなと思いました。

・総括
留学前、このグローバル化された現代社会において果たして音楽留学は必要なのかと思っていた時期がありました。しかし今ははっきりと断言できます。西洋音楽を学ぶならヨーロッパへの留学は絶対にお勧めです。
まず何といっても建築物が違うんです。日本にはコンサートホール以外にクラシック音楽の演奏に適した空間はほぼないと言って良いでしょう。またバロック音楽を始めとした古楽の演奏においてはこうしたホールもほとんどは大きすぎて不向きです。私はヴェルサイユの王室礼拝堂や地方音楽院のアパルトマン、市庁舎の大広間といった18世紀の建築物での演奏を通じて、演奏する空間の大切さを改めて思い知りました。
また絵画や彫刻などの素晴らしい作品をルーヴル美術館等で気軽に見ることができるのも大きいです。音楽という抽象的な芸術を知っていくには、具象化された芸術である建築や美術の理解が大きな助けになります。しかし残念ながら渡仏前の自分は音楽を勉強することはあっても、他の芸術を勉強することについては全く足りていませんでした。日本にやってくる美術品などほんの一握りです。是非一度ヨーロッパで素晴らしい建築物を見て、美術館や博物館を回ることをお勧めします。

今回は留学1年目の総まとめをお伝えしました。
8月の更新はお休みさせていただきたいと思いますので、次回は9月にヴェルサイユに戻ってからまた書きたいと思います。
今後とも当ブログをどうぞよろしくお願いします。


イヴリヌ県庁での滞在許可証更新手続き

24 7月 2019
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ヴェルサイユのイヴリヌ県庁

日本に帰国してきて数日が経ちました。まだ梅雨が明けていないことには少し驚きましたが、久しぶりのはずの日本の電車やコンビニなど、案外昨日のことのようでした。
羽田空港に着いて最初に思ったのは、日本はどこもとにかく清潔。これはパリはおろかヴェルサイユでもあり得ないなと思いました。フランス人からしてみればもっと驚くことでしょう。
一方フランスに一年居て、唯一日本のものが恋しいと思ったのが鉄道。一か月程度滞在するので、鉄分を十分に補給したいなと思います。

さて、今回はヴェルサイユのイヴリヌ県庁で行った滞在許可証の更新手続きについてお伝えします。
私が住むヴェルサイユ市はパリに近いですが行政上はイヴリヌ県の管轄なので、パリ市の警視庁で行う更新手続きとは多少異なる点があると思います。この記述を参考にされる方はご了承ください。
私の学生ビザと滞在許可証は7月31日で切れるものだったので、18日の出国前に手続きを完了させて仮の滞在許可証であるレセピセを受け取らなければいけませんでした。期限が切れても更新手続きの予約を取っていれば多少は滞在できるようですが、一度出国してしまうと再入国する際に観光ビザとなってしまい、滞在許可証の申請ができなくなります。
まず始めに、イヴリヌ県庁のホームページから滞在許可証更新手続きのランデブー(RDV)予約を行うのですが、ここからしてまず大問題。県庁の説明書きには期限が切れる日の2か月前から手続きができると当時書いてあり(改めて見てみるとこれは6月28日に改定されたようで、現在では4か月前からと書かれています)、インターネット上の様々なフランスの滞在許可証更新に関する日本の方の記述では3か月前から予約という記述が多かったのでRDVの1か月前から予約ができるのかなと思っていたのですが、いざ4月に予約画面で予約を進めてみると、なんと予約表が4か月先まで開放されていて7月分は既に埋まっているではありませんか…。年明けにでも予約の一歩手前の段階まで進んでみるべきでした。一時帰国の航空券はもう買ってあるし、8月に出演する日本の演奏会も決まっているので帰国しないわけにもいきません。絶体絶命。
その日からキャンセルが出たら逃さず押さえると息巻いて(笑)、こまめに予約サイトにアクセスすること約一か月、あと一息のところで他の人に取られるということもありましたが、やがて予約手続きの入力もプロ並みになってきて(何のプロ?)、無事に帰国当日の7月18日の予約を勝ち取ることに成功。いやいや、危ない橋を渡るのはやめましょう。
RDVの予約画面に必要な書類リストが掲載されていたので、これに従って書類の準備を進めることができました。以下に必要書類と説明書きの意訳、準備に際してのコメントを掲載します。

滞在許可証の更新に必要な書類の一覧(学生用)
以下の書類全ての原本、コピーを手続き当日に提出すること。注意、全ての書類が完全でなければ申請は却下とする。
①滞在許可証
②身分と国籍に関する証明書:パスポート、国籍身分証など…
→など…と曖昧に記述されているので少し不安が残りました。出生証明書(戸籍謄本の翻訳書類)が必要との話もあったので一応持っていきましたが、提出はパスポートのみでその他は要求されませんでした。
③結婚している、子供がいる場合
・配偶者の滞在許可証
・3か月以内の結婚証明書
・子供の出生証明書
→私は該当しないので必要ありません。
④証明写真3枚
→あれはダメ、これはダメといろいろな注意書きがありますが、証明写真機で見本通りしっかり撮れば問題ないと思います。ちなみに1枚は使わなかったようで返却されました。
⑤3か月以内の住居の証明書(家賃支払い書、賃貸契約書、電気、ガス、電話、インターネットの請求書など…)
→フランスには日本の住民票に相当するものがないので、その住所に居住していることを証明するためにこのような書類が1つ必要です。私はいつも電気の請求書を提出しています。
⑥来年度の学校登録証明書
⑦今年度の成績表
→更新手続きがあまりに早すぎると学期途中では最終的な成績表が出ないので、結果的には遅い時期で良かったです。
⑧今年度の精勤証明書
→授業の出席率に関する書類です。
⑨来年度有効な保険加入証明書
・28歳未満の場合は総合社会保険(セキュリテ・ソシアル)への加入
・28歳以上の場合は任意保険への加入
→実はこれが第二の問題でした。通常この総合社会保険はフランスに入国したらすぐに加入するべきなのですが、外国人向けの登録サイトがいつ見ても文字化けしていて登録できず、そのうちどうでも良くなって今年の4月まで放置していたのです。やがてサイトの言語選択のタブのいずれかを選択をすることにより文字化けは解消することが分かり、滞在許可証更新に必要なことから慌てて登録手続きを始めたのですが、今度は登録していないはずなのになぜか加入番号が割り当てられているという謎の事態に直面し、結局ヴェルサイユの総合社会保険オフィスに数回出向きました。手続きはすべて完了したものの7月になるまで加入証明書が郵送されて来ず、更新手続き当日に間に合わないのではないかと悶々とした数週間を過ごす羽目になりました。フランスの手続きは何でも早めに余裕を見て、危ない橋を渡るのはやめましょう(2回目)。
⑩財源に関する証明書
・1か月あたり615€以上の留学資金があることを証明できるフランスの銀行の残高証明書、または過去1年間で10回以上送金された旨の証明書
→いつも使っているLCL銀行口座の残高を少し余裕を見て増やしておき残高証明書を用意しました。1ヶ月以内のものでないと受理されないケースがあるようなので、なるべく直近のものが良いと思います。
・被扶養者の場合:被扶養証明書、扶養している人の身分証のコピー、扶養している人の仕事の契約書と過去1年分の給与明細
→私は現在両親から経済支援を受けているのでこれに該当すると言えば該当するのですが、それぞれの書類を翻訳する手間や費用がかかることから、上述の留学資金は自分の貯金であるという建前を取っておきました。これは分かりようがないので大丈夫なはずです。
・奨学金を受けている場合はその証明書
・就業している場合はその契約書と給与明細
→短期のオーケストラプロジェクトなどは参加しましたが、これは該当しないと思います。
⑪記入、サイン済みの質問表
→質問表はRDVの予約画面で入手できます。

さて当日、いつもモノプリに行く際に前を通っている県庁に赴きました。初めて入るので迷うかもしれないと思い、RDVよりも20分ほど早めに着きました。
地上階には入口付近に写真機やコピー機、中央付近に2つの質問窓口のような区画、右奥に手続きのための個別窓口が20程度あったように記憶しています。RDVの予約サイトでは窓口を3つの中から選んだので、外国人のための滞在許可証更新手続き窓口が別に3つ用意されているイメージだったのですが、どうもそれらしいものが見当たりません。入口付近のマダムに予約時間が書かれた紙を見せながら聞いてみると、日本の役所のように予約番号を発券する機械を操作してくれて予約番号の紙を渡され、奥の沢山ある窓口の前で待つように言われました。まだ予約時間の15分ほど前でしたが、数分経つとすぐに呼ばれました。こういう仕組みなのですね、言われなければ分からない!
手続きが始まると、担当のマダムに言われるがまま書類のコピーを淡々と提出していきました。パスポート以外の書類の原本については全く触れられませんでした。必要書類リストの順番通りに準備して行ったのですが、実際に提出する順番は異なっていて書類の束を前後しながら探さなければなりませんでした。県庁や担当者によって違うのかもしれませんが、こういうやり方なら複数ページのあるクリアフォルダーに予め入れておけばスムーズだったなと思いました。
最後に念願のレセピセを受け取り、あっという間に終了。優しいマダムで良かったです。
初回なので緊張気味でしたが、書類さえしっかり揃えて行けば全然問題のない手続きでした。来年以降も書類の不備のないよう気を付けたいなと思います。

今回は滞在許可証更新についてお伝えしました。次回は留学一年目の総まとめを書きたいと思います。


ヴェルサイユの球戯場と室内楽演奏会

26 6月 2019
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たくさんのヴェルサイユ市民に来場していただきました

今週は毎日30℃を超え、非冷房の家に長時間いるのはかなり厳しいです。それだけでなく湿度も60-70%あるので昨年到着した時よりも暑さを感じます。帰国まであと20日あまり、何とか耐え凌ごうと思います。
先週の金曜日はリュリの「町人貴族」を王室歌劇場で観てきました。通常のオペラ公演だと字幕がフランス語と英語の両方出るのですが、今回は語りの部分が多いためか英語の字幕のみ。私はフランス語の方が得意なので一生懸命聞きとろうとしますが、何せ喜劇なのでまくし立てて話すことが多くなかなか付いていけず…。一応話の流れは覚えていますが笑うべきポイントで笑えないのは悲しいですね。来年も違う団体が「町人貴族」をやるみたいなので、もう少し理解できるように精進しようと思います。

今回はヴェルサイユの球戯場で先週行われた室内楽演奏会の模様についてお伝えします。
まずヴェルサイユの球戯場(サル・デュ・ジュ・ド・ポームLa salle du Jeu de paume)はサン=ルイ地区、ヴェルサイユ地方音楽院の近くに位置しています。「ジュ・ド・ポーム(単にポームとも)」は今日のテニスの元となった競技で、直訳すると掌遊びという意味です。これは昔ラケットを使用するようになるまでは掌で直接ボールを打っていたことに由来します。16世紀以降フランスの貴族の間でこの競技は流行し、宮殿や貴族の城館に盛んに併設されました。ヴェルサイユ宮殿に併設された球戯場は元は宮殿の南側、現在のグラン・コマンがある場所にありましたがこの建物の建設により撤去され、1686年に現在の球戯場が完成した後は王族を始め宮廷人の間で親しまれました。
それだけではただの屋内テニスコート場なのですが、この球戯場がフランス史の表舞台に立つ日がやってきます。1789年6月20日、前日夜に自らの議会場を強制閉鎖された第三身分(平民)を始めとする国民議会の議員たちはこの球戯場に集結し、王国の憲法が制定されるまでは決して解散しないことを宣言しました。これがフランス革命の一連の事件の中でも有名な「球戯場の誓い」です。ちなみにこの時点ではまだ立憲君主制を目指しており、後に国王と王妃を処刑することになるとは誰も考えていませんでした。
こうしてフランス革命期の事件の舞台となったことでこの建物は国有化され、その後1883年に革命博物館として整備されました。今日見ることのできるジャン=シルヴァン・バイイの像とその周りにあるオブジェ、議員たちの胸像や壁面の文字はこの時のものです。
この博物館は入場無料で気軽に入ることができるので、ヴェルサイユを訪れた際は是非お立ち寄りすることをお勧めします。内部はテニスコートにバイイの像や議員たちの胸像、ショーケースに議員たちの宣誓署名書、ジュ・ド・ポームのボールやラケット等が展示され、かつて試合の観客席であった部分の壁面には当時の風刺画や革命の各事件の銅版画、「ラ・マルセイエーズ」の当時の楽譜の複製などを見ることができます。北側の壁には『球戯場の誓い』の壁画があり、当時の様子を偲ぶことができます。

さて、このフランス革命の舞台で先週、「球戯場の誓い」が行われたのと同じ6月20日にヴェルサイユ地方音楽院の室内楽発表会が行われました。毎年学期末の発表会はここで行われるのが通例のようで、先週紹介した「モリエール月間」とも提携しています。舞台は北側の壁画を背にして設置され、コートには観客のための椅子が並べられました。室内楽の授業のチームの他にハープ科の2人も参加し、ソナタと協奏曲を共演しました。クラシック弓を師匠パトリックから貸してもらい、久しぶりに古典派の音楽を演奏する機会となりました。その他4つのプログラムも3つに参加、蓋を開ければほぼ全てに出場していました。
この会場はテニスコートであり音響は特に考えられていないと思いますが、天井が高いこともあり響きがとても良いのです。ただ採光窓が多く日中のリハーサル時は日光が強く差し込み、時々楽譜が眩しくて見えなかったりチェンバロやハープの調律には少し不具合でした。それも19時からの本番では解消され、多くのヴェルサイユ市民に囲まれながら無事学期末の発表会は終わりました。
終演後は近くのヴェルサイユ地方音楽院の庭園で一部観客を交えたパーティーが行われ、その後も自主的な2次会を仲間と楽しみながら夜は更けていきました。

ヴェルサイユ地方音楽院の1年目はこれで終了です。素晴らしい講師陣や校舎、ヴェルサイユ宮殿や研究センターとのプロジェクトに参加することができ大満足の1年でした。来年度もまた興味深いプロジェクトがありそうなので、このブログでご紹介できればと思います。
来週はアルルの衣装祭りについてお送りします。


ヴェルサイユのモリエール月間

19 6月 2019
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6月のヴェルサイユでは、この広告を目にしない日はありません

年度末ということで、私の所属するヴェルサイユ地方音楽院はもちろんのこと、ヴェルサイユバロック音楽研究センター、パリ地方音楽院に所属する学生仲間の修了試験で先週頃から忙しくなってきたこの頃です。
年度末の試験事情は日本も大体同じですが、フランスの学生たちはどうもアンサンブルのオーガナイズが遅い、緩い傾向にあります。2週間前になってから依頼してきてそこから日程調整したり、楽譜や担当パートに関する情報が今一つ不明瞭だったり、引き受ける方は何とも苦労が絶えません…。試験はそれぞれ今週、来週辺りに集中していて、今週は室内楽の授業の発表演奏会も控えているのでオーガナイズが遅かったグループはどうしてもリハーサルが少なくメンバーの出席率も良くないため、中には立ち消えするものもあったり。来年は私も修了試験があるので、オーガナイズには気を付けよう…。
さてこれらヴェルサイユ地方音楽院、及び研究センターの公開修了試験は今週のテーマであるモリエール月間と連動していて、公演一覧に記載されています。
まずモリエールとは誰かというところからお話しすると、彼は17世紀にフランスで一世を風靡した喜劇作家であり、コルネイユやラシーヌとも並ぶフランス古典主義作家です。医者や教会、宮廷事情の鋭い風刺劇でパリの観衆から高い人気を得た他、ルイ14世にも寵愛されリュリと共に「町人貴族」を始めとしたコメディー・バレを制作していました。
そんな彼の名前を冠したモリエール月間(Le Mois Molière)は1996年から開始され、今年で24回目を迎えます。毎年6月に一か月間、ヴェルサイユの様々な施設でプロ・アマチュア団体による劇、演奏会、舞踏、サーカス、展覧会や講演会が催されます。公演内容はモリエールや17世紀に限ったものではなく、その公演の多さたるや日本の音楽祭など遠く及ばないほどで、文字通り1か月間毎日、何かしらの公演が複数行われています。一部は予約制、入場料を取る公演もありますが大半は入場自由で無料、ヴェルサイユ市民にも大いに親しまれているようです。今月の街の広告表示はほとんどがこの赤いモリエール月間の広告で、多くの商店の窓にもポスターが貼られています。
今年私が関わったものとしては王室礼拝堂木曜演奏会でのカンプラのレクイエム、大厩舎での国王の24のヴィオロン、ヴェルサイユバロック音楽研究センターの試験の1つ(モリエールのプログラム)、今週近所の球戯場で行われる室内楽授業の発表演奏会がありました。大厩舎や球戯場など、普段はあまり演奏では使用しない歴史ある空間で演奏することができるのもこのイベントの力でしょう。
しかし残念ながら観客としてはあまり多くの公演には行けず、肝心のモリエール作品上演にはついに行くことができませんでした。今週金曜日に王室歌劇場で「町人貴族」を観ますが、劇作品の鑑賞はまた来年のお楽しみということにします。
先週は研究センターの歌手の1人が修了試験として、市庁舎の大広間でカンタータ・フランセーズの演奏を行っていましたが、17世紀の朗誦法やジェスチャーを再現していてとても素晴らしかったです。しかしこれはフランスの聴衆がいて、しかもヴェルサイユのあの空間だからこそ演者・聴衆共にあれほどまでに白熱したのだと思うと、今後私はどう演奏活動を行っていけば良いかを大いに考えさせられました。

ヴェルサイユ宮殿の庭園の散策にも良い季節ですので、来年フランスへ旅行を考えている方は是非6月にヴェルサイユに来て、モリエール月間を楽しんでみてはいかがでしょうか。
来週はヴェルサイユの球戯場とそこでの室内楽演奏会についてお伝えしようと思います。


ヴェルサイユ宮殿観光の手引き⑤

6 6月 2019
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歴代の王子・王女の誕生を見守った王妃の寝室

ついにヴェルサイユにも暑い日がやってきました。以前も書きましたが我が家は最上階なので熱気がこもりやすく、日中外出の際はブラインドを全部おろしますがそれでも帰宅する頃には熱くなっています…。日本に帰ったら窓に貼る遮熱フィルムを買おうと思います。
国王の24のヴィオロンの本番は来週にまだ1回残っていますが、今週は木曜演奏会に向けてアンドレ・カンプラのレクイエムに取り組んでいます。フランス・バロック屈指の名曲、私がこのジャンルにはまるきっかけになった曲の一つをヴェルサイユで、いつも通り情熱たっぷりのオリヴィエと素晴らしい研究センターの歌手、びっくりするくらい上手い少年少女歌手と一緒に上演できるとは嬉しい限りです。器楽も今回は初対面の人が多く、順調に知り合いを増やしているといったところですね。

さて今回は先日修復が終了し再公開されたヴェルサイユ宮殿の王妃のアパルトマンについてご紹介しましょう。
王妃のアパルトマンは鏡の回廊を挟んで戦争の間と対になっている平和の間から見学を始めます。平和の間は王妃のアパルトマンではありませんが、ルイ14世の治世終了後は鏡の回廊と平和の間の間に仕切りが設けられ、実質上の王妃のアパルトマン奥の間になっていました。ルイ15世の王妃マリー・レクザンスカはこの部屋で毎週日曜日に音楽会を開催しており、楽器の演奏に長けた王女アデライードやヴィクトワールたちを育みました。
なお王妃のアパルトマンの修復は終わりましたが、平和の間は現在も修復中で壁は覆われ、通路が設けられているだけになっています。公開されたらまた追記することとします。次は寝室から順に、公的空間へ向けて順路を進んでいきます。
・寝室
国王のアパルトマンはルイ14世時代から既に儀礼のためだけの空間で居住するためのものではなく、その後の国王も特に内装に手を加えなかったのに対し、王妃のアパルトマンは実用する居住空間であったためマリー・レクザンスカとマリー・アントワネットによって内装は変更されています。この寝室は天井の枠組みこそマリー・テレーズ(ルイ14世の王妃)時代のものが残るものの、他は全てマリー・レクザンスカの内装です。暖炉と鏡付近はバロック様式よりも優雅で繊細なロココ様式の木彫で装飾されており、寝台側の壁面はユリの花束とクジャクの羽がデザインされたマリー・アントワネット時代の壁布が復元されて寝台とも調和しています。扉の上にはマリー・レクザンスカの子女のうち5人が描かれ、多くの子を持つ母として生きた彼女の一面を垣間見ることができます。天井のグリザイユ画法(モノクローム画法)で描かれたフランソワ・ブーシェによる4つの絵はそれぞれ王妃が持つべき4つの美徳である豊穣、忠実、慈悲、慎重の寓意です。また4隅にある木彫を除いて他の天井部分は壁面の木彫に対応する騙し絵になっています。
この部屋では国王と同じく儀礼に従った謁見が行われたほか、王位継承権を持つ嫡子の正当性を主張するため出産はこの部屋で公開のもと行わなければなりませんでした。1789年10月6日、暴徒がヴェルサイユ宮殿に押し寄せた際には寝台の左右にある小さな隠し扉を通って、マリー・アントワネットは奥の間へと逃げ込みました。

・貴族の間
アパルトマンの機能上は控えの間にあたりますが、マリー・レクザンスカはこの部屋を大広間として整備し、設置した天蓋に座って謁見を行っていました。
部屋の主題は対になる国王のアパルトマンに対応させるため芸術と科学の守護神で天上からの使者であるメルクリウスとなっていて、中央にはメルクリウス、四方には絵画、哲学、織物、音楽に長けた女性たちの逸話が描かれています。寝室の装飾には手を加えなかったマリー・アントワネットはこの部屋には大きく手を入れ、壁面にはそれまでの木彫をやめてヤシの木の模様が入った緑のダマスク織の壁布をかけるという、当時流行の英国風を取り入れました。マリー・アントワネットお気に入りの家具職人リーズネルがこの部屋に収められたはずの洗練された家具は革命の際に散逸しましたが、一部は買い戻されて展示されています。

・大膳式の間
この部屋は第一控えの間であると同時に、国王と王妃の公式晩餐会である大膳式が行われる部屋でもありました。暖炉を背に国王夫妻は豪華な椅子に座り、その周りに座ることができるのは王族と侯爵夫人のみでした。食事においてもルイ14世はこれを儀式化し、権力誇示の場としました。王妃の死後1690年からルイ14世はこの大膳式を自分のアパルトマンの第一控えの間で行うようになりますが、ルイ15世の治世になるとこの儀式は再びこの部屋で行われるようになりました。マリー・アントワネットは食欲旺盛なルイ16世と対照的に、手袋を外さずあまり食事に手を付けなかったそうです。
この部屋の装飾は貴族の間と打って変わって赤い壁布となっており、天上には国王の大アパルトマンのマルスの間でも見ることのできたル・ブランの「アレクサンドロス大王にひれ伏すダレイオスの家族」を中心に、周りには戦場に赴く古代の勇猛な女性たちの場面が淡彩画で描かれています。戦争の神マルスは描かれてはいませんが、明らかにこの部屋の主題は戦争であり、マルスの間と対応しているのが分かります。暖炉の反対側には3人の子供と共に描かれたマリー・アントワネットの肖像画が掛けられています。

・衛兵の間
衛兵の間は通常あまり装飾がなく見どころが少ないものですが、この王妃のアパルトマンの衛兵の間は見どころがたくさんあります。今までの部屋は歴代の主人によって内装が大きく改造されましたが、この衛兵の間には王妃が来ることはないため改装は行われず、17世紀の内装が現在も残っています。壁面には多色の大理石が幾何学模様に実に美しくはめ込まれ、扉上部や鏡周辺にはバロック様式の木彫が見られます。天井の中心には最高神ジュピテルが神々しく描かれており、四隅に描かれた欄干から身を乗り出している宮廷人たちの称賛を受けています。この部屋の主題はジュピテルと共に正義であり、円天井は古代の偉大な王や哲学者を描いています。
衛兵の間を抜けると、かつては衛兵の控えの間であったルイ=フィリップ王の「戴冠の間」へ順路が続きます。

今回は王妃のアパルトマンについてお伝えしました。次回は現在開催されているマリー・レクザスカ展とマントノン夫人展についてお伝えします。


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