ヴェルサイユ宮殿観光の手引き②

王はいなくとも、玉座はなくともなお輝きあり

気がつけばもう3月も後半。日本では新生活に向けての準備をされている方も多いのではないでしょうか。
先週末は参加している学生オーケストラの1回目の本番がありました。管弦とにかく人数が多い、指揮もあまり上手な人ではない…など心労の絶えないこのプロジェクト、まともに全曲が通ったことがなかったのでどうなるやらと思いましたが、案の定諸所で事故が発生…。首席としてはそのたびに処理に当たらねばならず通常の3倍ほどの神経を使いましたね。でもこれも経験。次回は王室礼拝堂の木曜演奏会です。

さて、今週もヴェルサイユ宮殿の見学を続けていきましょう。今回は宮殿の目玉の一つ、「国王の大アパルトマン」です。
「エルキュールの間」の壁に大きく掛かっている「パリサイ人シモンの家の宴」の絵に向かって右の順路を進むと、まず最初に「豊穣の間」という小さな部屋があります。この部屋は奥の扉の先にあるルイ14世の珍重品陳列室の入り口になっており、ごく一部の招待客だけが出入りすることができました。王権には付き物のこの財宝というキーワードが「豊穣」の名の由来でしょう。緑を基調とする壁紙と贅沢に使われた金色がそれにふさわしい華やかで贅沢な雰囲気を醸し出しています。ルイ14世の催す「夜会」の際にはここで冷たい飲み物などが振舞われました。壁面にはルイ14世の後継者である4人の肖像画が掛けられており、一番右がルイ15世です。知らないと見落としがちですが、奥の扉上部の天井画に描かれている金と青色の船型の容器は王権の象徴で、大切な宴会の際に置かれました。容器の中身は王のナプキンですが、王権の象徴であるがゆえに横を通る際は全員会釈をしなければならなかったそうです。
さて、この先からが国王の大アパルトマンです。

・アパルトマンとは?
この連載でも「アパルトマン」という言葉を既に数回使用してしまいましたが、そもそもアパルトマンとは何なのでしょうか。
日本の「アパート」の語源となっている英語のapartmentのフランス語なのですが、要するに建物をいくつかの部屋に分けた住居、という意味と捉えれば良いでしょう。そしてヴェルサイユ宮殿は当然王族の住居ですから、どのアパルトマンも格式の高いものとなっています。
個々に応じて多少の相違はあるものの、構成としては衛兵の間、控えの間(2つあることが多い)、大広間、寝室、奥の間(図書室など)という5つの用途に充てられた部屋があり、奥に進んでいくごとに入室を許可される人数は減っていきます。寝室というと一番プライベートな空間のように思えますが、高い身分の者は選別した訪問客を寝室にまで入れなければなりませんでした。

さて、「豊穣の間」の次からが国王の大アパルトマンになるわけですが、「豊穣の間」は上述の通り珍重品陳列室の入り口で、入室できるのはごく一部の人であったはずです。それでは訪問客はどこからこのアパルトマンへ入るのが正しいのか?答えは、今は存在しない「大使の階段」の存在です。王女のアパルトマン見学順路の最後に置かれた模型で見ることのできるこの「大使の階段」は、有色の大理石、絵画、彫刻が見事に組み合わされたとても美しく豪華な階段でしたが、ガラス窓からの明かりが乏しく次第に使用されなくなったことや、強度上問題があったことからルイ15世治世下の1752年に取り壊されてしまいました。
そんな今はなき階段に思いを馳せながら、最初の部屋である「ヴィーナスの間」へ入ります。第一控えの間にあたるこの部屋の名はギリシャ神話の美の女神と、明けの明星である金星とのどちらの意味も持っており、天井画の中心にはこの部屋の主題であるヴィーナスが、その周りにはそれぞれ神話の世界が描かれています。他の部屋や庭園もそうであるように、神話に登場する神々の威光を借りることによって権力を象徴しているのです。また長方形の部分には古代の英雄に関する場面が描かれていますが、これはルイ14世の出来事の婉曲表現に他ならないわけです。正面には古代ローマ風の衣装を着たルイ14世の彫像がありますが、これは左右の騙し絵の中にある彫像と対応しているという仕掛けになっています。
次の第二控えの間にあたる「ディアーヌの間」は、狩猟の女神であるディアーヌが主題となっています。宮殿内で「狩猟」という主題が度々登場するのは、もちろん王が狩猟好きであったことに由来するものです。規則正しく組み合わされた大理石やそれぞれの絵画もさることながら、この部屋で美しいのは中央に置かれたイタリアの巨匠ベルニーニ製作のルイ14世胸像でしょう。小さいながら、国王が若く最も美しかった姿を私たちに伝えてくれます。ルイ14世の「夜会」ではこの部屋はビリヤード場となり、国王の巧みなプレーに皆が拍手を送ったことから「拍手の部屋」とも呼ばれているそうです。
さて、次は「マルスの間」。長方形の少し大きなこの部屋は衛兵の間であり、「軍神マルス」という主題と「衛兵」が意味づけされています。主役は天井画の中心で狼に引かれた戦車に乗っており、それを中心に戦争に関連する絵画として西側に「豊穣と至福を従えたエルキュールが支える勝利の女神」、東側に「地球の権力を支配する恐怖、怒り、そして激しい不安」を見ることができます。こうして勝利や恐怖を与える軍神マルスですが、一方でマルスはフランス語で3月を意味する単語でもあります。この2重の意味から、冬の終わりと春の訪れによって花々が咲く=戦争の終わりと平和の訪れによって芸術が発展するという意味づけがなされました。暖炉を挟んで両側の壁面には対になる大きな絵が掛けられ、左側はフランス人画家シャルル・ル・ブラン作、右側はエルキュールの間にもあったイタリア人画家ヴェロネーゼ作です。これは国王が庇護するフランス・バロックとイタリア・バロックの対決であり、軍配はもちろんフランス人画家のル・ブランに上がりました(見え見えの出来レースですね)。ルイ14世の「夜会」ではこの部屋は舞踏のために使用され、暖炉の左右には楽団を配置できる場所がありましたが1750年に取り壊されました。楽士としては残念。
さて、衛兵の間を通ることができたなら、次は寝室です。「メルキュールの間」は国王に謁見することができる間であり、その折には直接請願書を手渡すことが許されていました(実際に読まれ内容が実行されるかはともかくとして。)この開かれた宮廷というスタンスこそ、多くの人々がヴェルサイユを目指した理由の一つです。しかしここは儀式用の寝室であり、実際に寝室として使われることは一部の例外を除いてありませんでした。今日置かれている寝台はオリジナルではなく、以前はアポロンの間に置かれていたものを後にルイ=フィリップ王が移動させて設置したとのことです。天井画は雄鶏が引く戦車に乗ったメルクリウスを中心に、周りにヴィーナス、科学、芸術が擬人化され描かれています。ここでも国王は芸術、科学、また文化の庇護者であることを物語っており、円天井部分の絵はそれぞれルイ14世の功績を古代の出来事に重ね合わせたものです。調度品はルイ14世時代からもう既に戦費調達目的で金銀の装飾が供出されたのに始まり、殆どオリジナルのものはありませんが、傍らにある精巧な振り子時計だけは革命前にもこの部屋にあったものです。なおこの部屋と次のアポロンの間は壁紙の日焼け防止のためかいつもカーテンが引いてあり薄暗く、立ち入れる場所もわずかで混み合うため他の人と接触しやすいです。スリなどの犯罪にも注意しましょう。
次はついに玉座のある「アポロンの間」です。自らを太陽王として太陽神アポロンと結び付けていたルイ14世の玉座の間ですから、この主題の選択は必然的でしょう。当初の玉座は高さが2.6mもあるものでしたが、これも戦費調達のため供出されてしまいました。ガイドブックには木製の肘掛椅子が置かれている写真が載っていますが、近頃は何もなく後ろにタペストリーがあるのみです。天井画は4頭の馬に引かれた黄金の戦車に乗るアポロンが、擬人化された四季とフランスが傍らで見守る中で世界を夜明けへと導いています。円天井の四隅にはヨーロッパ、アメリカ、アフリカ、アジアが擬人化され描かれており、中央にいるアポロン(ルイ14世)が全世界を従える様が表現されているのです。装飾もこの上なく豪華で、見ていて飽きることがありません。そして壁面に目を向けてみれば、かの有名なルイ14世の肖像画が対面のルイ16世と共に、私たち訪問客を今日でも出迎えてくれます。

今週は国王の大アパルトマンを中心にご案内しました。次回はいよいよ、世界で最も美しいあの回廊へ参ります。