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ヴェルサイユ宮殿観光の手引き・庭園編①

22 7月 2020

ラトーヌの泉水の上から大運河を望む

今週から罰金を伴うマスクの着用義務が「閉鎖された公共空間」にも拡大されました。美術館や教会、コンサートに行くにもマスクが必要ですね。それよりレストランの密集をなんとかした方が良いのではと思うのですが…。

さて今回は久しぶりのヴェルサイユ宮殿シリーズ、庭園編をお送りします。
まずここで言う「庭園」ですが、今回は城館から大運河の手前までに展開されている、いわゆる「小公園petit parc」を取り扱います。
ヴェルサイユの庭園はまだ宮殿が狩猟のための小さな館であったルイ13世の頃から存在していましたが、大規模な整備が行われたのはルイ14世の親政が始まった1660年代から、その治世の絶頂期となった1680年頃で、その後も増改築が繰り返され現代に至ります。設計は多くのフランス式庭園を手掛けたアンドレ・ル・ノートルで、太陽神アポロンを中心としたギリシャ・ローマ神話や自然、季節などの世界観を寓意として織り交ぜて、各部が有機的に結び付けられるような設計を行いました。
元々沼地であった土地を整備し、各所の噴水を稼働させるため遥か北を流れるセーヌ川に巨大な揚水装置「マルリーの機械」を設置、水道橋や貯水池などが整備されました。不毛な土地に大宮殿とそれに見合う庭園を造るという、自然を克服する事業にルイ14世は喜びを覚えていたようです。ただし結局全ての噴水を稼働させるだけの水は確保できず、見学者が通る時にだけ各所の噴水を稼働させていました。現在では機械の進歩により全てを稼働させることができますが、かなり費用が掛かるのか時間帯が限定されています。
詳しく書き始めると一冊本が出来上がってしまいそうなので詳しくは専門書に譲ることとして、今回は現代の庭園を観光するという視点で書いていきたいと思います。
どのように鑑賞するのも自由なのですが、よりこの庭園を楽しむためにはやはり施主であるルイ14世の意向を知っておくに越したことはないと思います。幸い彼自身が「ヴェルサイユ庭園鑑賞法」という書物を編纂していますので、国王お勧めの鑑賞ルートと見どころに沿ってご紹介していきます。
なお日本語翻訳につきましては、建築史学者、工学博士である中島智章氏が日本建築学会計画系論文集に寄稿されている『ルイ14世編「ヴェルサイユ庭園案内法」にみる庭園鑑賞法』を引用させていただきます。原典は1691-1695年頃に編纂された第3版です。
https://www.jstage.jst.go.jp/article/aija/65/532/65_KJ00004223710/_article/-char/ja/
なお同氏は他の論文でも非常に詳しくヴェルサイユ宮殿や庭園について研究をなさっているので、興味があればそちらも是非お読みになる事をお勧めします。また『図説ヴェルサイユ宮殿
太陽王ルイ14世とブルボン王朝の建築遺産』(河出書房新社ふくろうの本、2008)も非常に詳しく、また分かりやすく解説されている本ですのでお勧めです。
それでは庭園鑑賞を始めましょう!

引用元:BnF Gallica, Plan général de Versailles , son parc, son Louvre,
ses jardins , ses fontaines, ses bosquets et sa ville / par N. de Fer
– 1700

1.「大理石の内庭からの玄関の間より城館を出でてテラスの上に至るよう。その壇上に足を止めて、水の花壇の様子と動物陳列室の泉を眺めるように。」
ここで言う「玄関の間」というのは鏡の回廊の下、今日の見学ルートではヴィクトワール王女、アデライード王女のアパルトマンに入る順路にあり、通常の見学コースではここから庭園に出ることはできません。従って城館の見学後であれば地下から上がる出口の階段を出て右に回り込み、城館と中央翼棟との接続部分をくぐり抜けて庭園に行きます。最初から庭園を目指す場合は城館の入口Bの左手を目指して行きましょう。夏期の庭園有料時には左手に切符売り場と検札所があります。音楽付き、噴水と音楽付きの日は城館とは別に入場料が必要です。検札を受けて入場した後、右に回り込んで城館の西側を目指しますが、こうすると必然的にオランジュリーの上や南の花壇を通るので、今日ではこちらを先に見学した方が良いかもしれません(後述します)。
さて順路通りにまずは城館の西側に面している一段高くなったところから左右の水花壇と奥の「動物陳列室の泉」を眺めます。動物陳列室と急に言われても何のことか分からないと思いますが、左右に動物の銅像が配置され木立に囲まれた泉があります。

2.「続いてラトーヌ(の階段)の上のところまで直進し、立ち止まってラトーヌ(の泉水)、とかげ(の泉水)、斜路、彫刻、国王の散策路、アポロン(の泉水)、大運河を眺め、さらに振り返って花壇と城館を見るように。」
水花壇に配置されたフランスの河川が擬人化されている銅像などを観察しつつ、水花壇の間を通り抜け階段のところから全景を眺めます。ラトーヌの泉水、国王の散歩道(緑の絨毯とも呼ばれる大運河の手前の部分)、アポロンの泉水から大運河まで傾斜のある地形になっていることにより、実際にはかなり距離があるのですが視覚的な効果によってそれらが近くにあるように、お互いが密接に関わっているように感じることができます。遠景だからこそ感じることのできる彫刻や植木、芝生の配置にも注目しましょう。

3.「左へ曲がって、スフィンクスの間を通り抜ける。歩いて行くと動物陳列室の前へ至り、そこで立ち止まって噴水の水柱と水面を眺めるように。スフィンクスに至ったところで立ち止まり、南の花壇を見よう。オランジュリーの上のところまでまっすぐ行って、そこからオレンジの花壇とスイス人の湖を見るように。」
この最初に書かれている「スフィンクス」はどう探しても見つけることができないので、後年取り除かれてしまったのでしょう。左手の「動物陳列室の泉」を詳しく観察します。ルイ14世は水柱と水面というばかりで彫刻については何も触れていませんが、右は「雄鹿を打ち倒す猟犬」、左が「熊を打ち倒す虎」です。
2つ目のスフィンクスは今日でも見つけることができ、検札所から1.のテラスに行く行程でおそらく通ると思います。愛の神が上に乗ったスフィンクスが一対置かれている階段の中心から左右の花壇、泉水を見ましょう。ボードゲームの駒のような三角形に剪定された植木が整然と配置された中に、幾何学模様を描いた背丈の低い植え込みがあり、季節が良ければその中の花も楽しむことができます。
オランジュリーの上から見下ろすと、自分が今までいた場所がいかに高台であったかが良く分かります。泉水を中心に美しい幾何学模様を描いた芝生が四方に配置され、夏期であれば周囲にオレンジやレモンなどの果樹が置かれています。奥には王の菜園のための貯水池であるスイス人の湖があり、その奥に彫像が置かれています。オランジュリーから見ると遠すぎて何だか良く分かりませんが、炎を馬で超えるメッティウス・クルティウスというローマの建国伝説に登場する勇者がデザインされています。私はこの彫像には毎日ジョギングでお目にかかっています。

4.「右へ曲がり、アポロンのブロンズ像とアンティノユスの間を抜け、進行方向に体を向けたまま立ち止まり、バッキュス(の泉水)とサテュルヌ(の泉水)を見よう。」
アポロンのブロンズ像とアンティノユスというのも今日では見つけることができません。オランジュリーの上から右に進むと階段があり、その端に壷の彫刻が置かれているのですがこの部分にあったのでしょうか?その先まで進むと、眼下に背丈の高い木立に囲まれた直線が見え、その線上にバッキュスの泉水とサテュルヌの泉水を一望することができます。ここは観光客はほぼ素通りしてしまうポイントですが、国王お勧めの場所だけあり結構美しい眺望ですよ。

5.「オランジュリーの右の斜路を下り、オレンジの庭園を抜け、泉の方へまっすぐに進み、そこからオランジュリーを眺めるように。大きなオレンジの木の中を通る園路を抜け、オランジュリーの屋内へ入り、迷宮の側に面した入り口から外へ出よう。」
百階段と呼ばれる階段を下り、ジュール・アルドゥアン=マンサールが設計したオランジュリーの建築を堪能します。幾何学模様を描く芝生、奥にある城館と共にこのオランジュリーを眺める構図は昔は絵画、現在ではよくポストカードの写真になる程に美しいです。通常はオランジュリーに入ることはできないのですが、いくつかの窓が換気のために開けられていることがよくあるのでそこから内部を観察することができるでしょう。階段の麓まで戻り、階段の左手側の地表面を進んで行くとルイ14世のLの字があしらわれた紋章が付いた大きな扉にたどり着きます。オランジュリーを通ったつもりになって、先へ進みましょう。なお、ここのあたりは傾斜地になっていて、百階段の側面を地表から見てみると傾斜に沿って斜めに石材を加工して建設されていることが分かります。

6.「迷宮へ入り、雌鴨と犬(の寓意群像)のところまで下りた後、また登っていってバッキュス(の泉水)の側から外へ出るように。」
ここはかつて有名であった木立で作られた迷路があり、ヴィオラ・ダ・ガンバの名手マラン・マレもこの迷宮を題材にして曲を作っていますが、残念ながら今日では完全に失われ、1775年にマリー・アントワネットが「王妃の木立」として作り変えてしまいました。木立が老朽化して維持が難しかったという理由もあるようですが、迷宮で遊んでみたかったですね。現在工事が行われていますが間もなく完了するそうです。全体図を見ると、道が入り組んでいて少し迷宮的な要素も残っているかもしれないと思いました。
バッキュスは酒の神で、秋には葡萄が収穫できワインが作られるのでよくバッキュスには葡萄が結び付けられます。ここでも例外なく葡萄があしらわれています。ということは、ここは「秋」を表す泉水だということですね。もちろん残り3つの季節もありますので、後で見ていきましょう。

7.「舞踏会場(の園)を見に行き、ひとめぐりしてから、中央へ行った後、ラトーヌの斜路の下へ出よう。」
映画「王は踊る」に登場し、フィクションながら映画「ヴェルサイユの宮廷庭師」の舞台になった有名な舞踏会場の園です。楕円形の空間の1/4は水が流れ落ちる階段状の泉水、残りの部分は階段状の植え込みにより構成されています。泉水は小石や貝殻を固めて作られているので、この場所は「ロカイユの木立」の名も持っています。高い水柱が上がるわけではありませんが、水が滝のように階段を流れ落ちる様子はまさに壮観です。ここで舞踏と演奏を鑑賞してみたいですね。

8.「ラトーヌ(の斜路)の下のところの眺望点をさしてまっすぐに進み、その途中、ボスケの一つにあるサティールの小泉を見るように。眺望点に着いたら、そこで立ち止まり、斜路、壷、彫刻、とかげ(の泉水)、ラトーヌ(の泉水)と城館を望み、その反対側に、国王の散策路、アポロン(の泉水)、大運河、ボスケの木立、フロール(の泉水)、サテュルヌ(の泉水)、右手にセレス(の泉水)、左手にバッキュス(の泉水)を眺めよう。」
このサティールの小泉というものが何なのか良く分かりません。1700年の地図を見てもこの導線上に泉らしきものは確認できないのです…。まあそれは良いとして、彼の言う「眺望点」に進んでみましょう。先ほど見たバッキュスの泉水と反対側にあるセレスの泉水を結ぶ横軸、ラトーヌの泉水と大運河の手前にあるアポロンの泉水を結ぶ縦軸が交差する点がその眺望点です。
まず城館側の景色から見ます。ラトーヌの泉水の主題になっているラトーヌはギリシャ神話に登場する最高神ジュピテルの愛人で、彼の正妻であるジュノンは彼女が妊娠したことに激怒し永久追放を宣告しました。彼女は逃避行の中でリュキアという国にたどり着き、喉の渇きに耐え兼ね池で水を飲もうとした時、農民たちがジュノンの命令に従い彼女の邪魔をしました。怒ったラトーヌはジュピテルに懇願し、彼らはカエルに変身してしまう呪いにかかりました。ヴェルサイユの泉水では中央に2人の子、アポロンとディアーヌを庇うラトーヌ、周囲にカエルに変えられた農民、あるいはまさに変身途中の農民が配置され、彼らは必死にラトーヌに水をかけようとしています。この泉水が意図するところは即ち、ルイ14世による絶対王政。ルイ14世の幼少から青年時代はまだ王権が弱く、有力貴族や民衆によるフロンドの乱が勃発し暴徒がルイ14世の寝室にまで侵入、結果パリを追われる事態にまでなりました。ルイ14世はこれが生涯トラウマだったようで、この泉水にも「逆らう者は容赦しない」という意図が込められています。
今度は大運河の方を見てみると、中央には国王の散策路と呼ばれる芝生とアポロンの泉水、その先に大運河が望めます。これは城館やラトーヌの泉水の上からでも見ることができるのですが、ここで特徴的なのは四季を表す泉水が同時に見られること。右斜め奥と左斜め奥にあるフロールの泉水、サテュルヌの泉水までもが細い道で繋がっていることによってこの一点から見ることができます。場所を調整しないとしっかり見ることができないので、よく探してみましょう。ただただル・ノートルの構想には脱帽するばかりです。

非常に文量が多くなったので、今回はここで区切ることにします。2回のつもりでしたがこれは3回になりそうですね…。

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