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ノルマンディー地方とオーケストラ

1 5月 2019

第二次世界大戦で焼け野原になったものの、見事に復興を果たしたカーンの街

平成が終わり、令和の時代が始まりましたね。日本は祝祭ムードかと思いますが、フランスではメーデーのため過激なデモ集団が黄色いベスト運動と合流して活動し、パリは毎週土曜日と同じく警戒態勢になっています。

さて、今週は先週まで遠征に行っていたノルマンディー地方とそのオーケストラについてです。
今回参加したオーケストラは普段はモダン楽器で活動している40代~50代のメンバー中心の室内アンサンブルで、今回コーエン=アケニヌ氏の指導の下バロック弓とガット弦に挑戦したとのこと。管楽器はさすがに難しかったのか個別に集められたメンバーでした。おそらく指導は一週間程度であっただろうと思いますが、それにしては上出来でしたね。ましてプログラムはフランス・バロック屈指のレパートリー、ルクレールとラモー、古楽器奏者でさえ演奏は容易ではありませんので。
リハーサルは1週間前に2日、本番前に1日の計3日でした。細かいディテールは詰められなかったところは挙げればキリがありませんが、師匠団員ともどもよく健闘したのではないかと思っています。師匠は複雑な曲にもかかわらず終始弾き振りで、その牽引ぶりは非常によく勉強になりました。
1回目の本番はオーケストラの本拠地であるカーンの私設劇場で行われ、2回目はバスで移動しコタンタン半島のレ・ピューLes Pieuxという街の音楽学校で行われました。道中2時間超でしたが、よく眠れました(笑)。

さて、本番の日は活動が午後からでしたので、カーンの街を観光しに回りました。
まずは市街地の中に位置するサン=ジャン教会。12世紀に完成したこの教会ですが、湿地帯に建設されたため地盤が弱く北西方向に傾斜してしてしまっています。近年基礎工事が行われ強度上は問題ないようですが、正面から見ると感覚がおかしくなったのかと思ってしまいます。壁面はゴシック様式にしては随分と装飾が簡素ですが、百年戦争を始め特に第二次世界大戦の連合国軍とドイツ軍の戦闘による壊滅的な被害から再建されているので、殆どオリジナルとは言えません。内部で特徴的だったのはアーチのリブの多さと、ステンドグラス部分の枠組みが曲線主体になっていること。どことなくオリエント風な感じがするのは気のせいでしょうか。
次は男子修道院と付属のサン=ティエンヌ教会。この修道院は征服王ウィリアム1世が血縁関係にあるマチルダと結婚したため、当時近親婚を禁じていた教皇に破門された際に許しを請うべく1066年に寄進したのが由来となっています。ところが修道院の建物は完全に18世紀の様式。隣にある教会だけがロマネスク様式になっています。これはどうしたことかというと、フランス革命後ナポレオンによって学校に改装されたためなのです。室内も18世紀以降の改築の手が入っていますが、中庭の回廊部分は11世紀の雰囲気を味わうことができ、1層目から3層目までの大小それぞれのアーチはとても美しかったです。
サン=ティエンヌ教会は内外共にロマネスク様式の教会でした。アーチを支える円柱と、リブの多さがやはり特徴的です。内陣部分は天井から放射状に延びるリブ・ヴォールトが下の円柱まで線で結ばれ、その間にアーチが組み合わされた非常に美しい設計でした。
ちなみに修道院近くには古サン=ティエンヌ教会跡というものがあり、1793年から使われていない廃教会です。革命後の混乱に乗じた破壊活動や第二次世界大戦の砲撃などで半分近くが完全に崩壊しており、内部に立ち入ることもできません(というか内部が外から見える。)廃教会というのは初めて見ました。
カーン城の手前には立派な尖塔とバラ窓、凝った彫刻を持つサン=ピエール教会がありますが、現在修復中で立ち入ることはできませんでした。特に後陣部分の壁面、欄干とそこから伸びる小さな塔はカーンの他の教会とは異なり細かい装飾が施されています。13世紀から16世紀まで建設が続き、ゴシック様式とルネサンス様式が混ざっているのが特色かと思います。
カーン城はノルマンコンクエスト時代の1060年頃に征服王によって築かれた城で、高い壁と大きな見張り台が今日でも威容を誇っていますが残念ながら肝心の塔は残っていません。内部は残存する付属の建物を利用したノルマンディー博物館とモダンな建築のカーン美術館があり、今回はあまり時間がなかったので美術館だけ入りました。15世紀からのイタリア、フランス、フランドルの絵画コレクションが多数あり、空いている館内でじっくりと鑑賞することができました。

土曜日の深夜にピューからカーンへ帰り、日曜日はヴェルサイユへ帰るだけの行程でしたがそれではもったいないので、少し足を延ばしてバイユーBayeuxの街を訪れました。目的はタペストリー美術館と大聖堂、そしてノルマンディー上陸作戦の激戦地オマハ・ビーチ。しかし日曜日はバスが全面運休でオマハ・ビーチへは行くことができませんでした。
タペストリー美術館は17世紀末に建てられた建物を使用していますが、内部は完全に美術館として改装されています。ノルマンコンクエストの物語を描いた全長63.6mの長大な絵巻物となっているこのタペストリーを展示するために、U字型の特別なショーケースが用意されています。世界史の授業でかすかに記憶のあるノルマンコンクエスト、細部にわたるまで描かれているので鑑賞前に簡単に予習することをお勧めします。鑑賞の際は日本語の音声ガイドを借りることができますが、進行が早くゆっくりと鑑賞することができません…。しかも機器には再生停止ボタンがあるのに止まらない(笑)。結局最初は音声を聞くのを途中でやめタペストリーを観察しながら史実を予習し、その後音声ガイドに従って2周しました。染色された毛糸により麻布に刺繍された人物や馬は900年以上も経った現在でもとても色鮮やかで、登場人物の表情や動作も生き生きしていると共に、焼き払われる家屋から逃げ出す母子や身ぐるみを剥がれバラバラになった兵士の死体など、戦争の悲惨さも見せてくれます。
次にバイユー大聖堂を訪れました。ノルマン・ゴシック様式を代表するこの大聖堂は外部、内部とも緻密なアーチの配置と装飾が非常に美しい荘厳な建築です。特に外壁の円柱は3/4よりさらに前面に出ていて、遠くから見ると完全な円柱のように見えるのと、内部の壁面には通常は何も装飾がされないアーチ間の平面部分にも幾何学模様などが彫り込まれ、それらは単一ではなく各部で違ったデザインとなっています。アーチの多彩な幾何学模様の装飾も、どことなく東洋的な印象を受けるのはなぜでしょうか。11世紀に建設されたこの大聖堂は何度か火災に遭い再建が行われていますが、建築当初の雰囲気は正面の塔と地下聖堂で感じることができます。第二次世界大戦の際は壊滅的な被害を受けたカーンとは違い、連合国軍によっていち早く解放されたため被害はありませんでした。ちなみにこの大聖堂に展示されるために作られたのが前述のタペストリーなので、聖堂を見る際はもう行われないであろうタペストリーの展示風景を想像するのも一興でしょう。
最後にオマハ・ビーチに行けなかった代わりに1944年ノルマンディー戦争記念館を訪れました。内部は上陸作戦から内陸の侵攻作戦の様子を順を追って紹介していて、当時の通信機器や軍服、戦車や大砲などが陳列されていました。近代兵器にはあまり興味がないのであまり詳しくは見ませんでしたが、記録映画の上映では当時の爆撃や砲撃の様子が延々と紹介されていて、タペストリー美術館同様改めて戦争の悲惨さを感じました。いつの時代も人間のやることは変わっていませんね。

今回はノルマンディー地方とそのオーケストラについてお伝えしました。次回はヴェルサイユ宮殿にほど近い、王の菜園を紹介したいと思います。


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