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ソー公園の花見祭り

24 4月 2019

ちょうど見頃を迎えていたソー公園の八重桜

先週まで薄いコートを着ていたのに、いきなり暖かくなりました。昼間は25度を超え、道行く人にはノースリーブの人もいるほど。
私の部屋は最上階で日当たりが良いので、窓を閉めていると暑くなってきます。これが長い夏の始まりか。
先週はフランス初仕事となるオーケストラのリハーサルでノルマンディー地方のカーンに行ってきました。これについては次週詳しく取り上げますが、往復師匠の車に便乗するだけのとても楽な旅路でした。明日からまた現地へ行って、金曜日と土曜日本番です。

先週末は復活祭前でしたが、パリ郊外のソー公園では花見祭りが行われていたので行ってきました。
まずソー公園について。この地には15世紀から有力貴族の城館がありましたが、最も華やかだったのはルイ14世の有名な財務総監ジャン=バティスト・コルベールの時代でしょう。ヴェルサイユも手掛けた庭園技師アンドレ・ル・ノートル、室内装飾家シャルル・ル・ブランの技がここでも光っており、国王も臨席した祭典が開かれました。もっともコルベールは、あの豪華すぎるヴォー=ル=ヴィコント城を作ったために国王の嫉妬を買った財務卿フーケの二の舞にならないように、拡張のし過ぎには気を使っていたようです。
革命後は競売にかけられ、改築が行われた結果今日ではコルベール時代の面影を残すものはわずかとなっています。
さて、ヴェルサイユ・シャンティエ駅からRERC線とB線を乗り継いでラ・クロワ=ド=ベルニー駅で下車。少し歩いて公園の南側の入り口から入りました。花見祭りが開かれているだけあって、入り口付近の売店は行列ができて大変繁盛しています。
大運河の周りに高いポプラの木が左右対称に植えられ遠くまで続いている様は圧巻。これもル・ノートルの設計なのでしょうか。ヴェルサイユには大運河の周りに高い木々を植える演出はありませんが、これも良いなと思いました。
桜が植えられているのは大運河の西側の2か所、南のボスケ(人工の木立)には白い桜(木に詳しくないので品種が分かりません)、北のボスケには桃色の八重桜が植えられています。これらはもちろんコルベール時代にあったものではなく、20世紀初頭にパリで活躍した実業家薩摩治郎八が寄贈したものだそうです。まあ、満開の桜を見ればル・ノートルも許してくれるでしょう。南の白い桜は若干時季が過ぎたようで終わっているものもありましたが、まだ咲いているところもたくさんありました。木陰ではたくさんの人が日本同様飲んだり食べたり騒いだりしています。
西側中央付近のシャトネー広場で花見祭りは行われていました。事前に見たプログラムだと阿波踊りと書いてあったのでたくさんの人が踊ってるのかと思いきや、会場では観客の前で2人の日本人らしき人たちが太鼓を叩いているだけ。観客席は区画割りがされていて、中で見物するのは有料のようです。しばらく様子を見ようかと思いましたが、この日も天気が良く気温は25度を超えており、広場で遮蔽物がない会場はいつまでもいると熱中症になりそうだったので引き上げることにしました。今回のレポートのメインとなるはずだったのですが、そんなに大掛かりでもないし、何より出国から1年も経ってないのであまり物珍しさもなかったというのが本音。それよりもフランス式庭園を観たいなと思いました。
続いて北のボスケの八重桜ですが、こちらは文句なしに満開でした。日本の桜といえば染井吉野ばかりで八重桜は比較的少ないですが、個人的には好きなんですよね。南のボスケよりも花見客が多かったです。中央付近では何やら舞踊を披露している女性たちがいましたが、うーん、どう見ても日本ではないアジアのどこかの人たち…。
その後は現在工事中の城館と北に位置する小城館を外観だけ眺め、東に位置するオーロラ館と厩舎跡地にある建物で行われていたコルベール展を少し見ました。コルベール展はコルベール一族の系譜と各人の肖像画の展示が行われているもの。後はオランジュリーに入ることができるのですが、ここは来月演奏を行うために入るのでパスしました。
不覚にも飲み物を持ってこなかったので散策後半は喉がカラカラになりました。これからの季節は水分補給は必須ですね。
結局、個人的に一番感動したのは最初の大運河の眺めだったかもしれません。でも何年も住めば、毎年この公園に咲く桜を見て懐かしく思うのでしょうね。パリ周辺にお住まいの方は、是非お花見に足を運んでみてはいかがでしょうか。

今回はソー公園の花見祭りについてお伝えしました。次回はロルマンディー地方とオーケストラについてお送りします。


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