ホーム » ヴェルサイユ便り » 南仏旅行レポート③ アルル・アヴィニョン

南仏旅行レポート③ アルル・アヴィニョン

21 11月 2018

圧倒的な存在感を放つアヴィニョン教皇庁


昨日のヴェルサイユは最高気温3度、みぞれが降った時間もありました。外の寒さが身体に堪えます。ヴェルサイユ宮殿に続くソー通りの並木もいよいよ葉が少なくなり、厳しい冬の到来といった感じです。
先週、出国して初めて断髪をしました。モンパルナス近くにある日本人が切り盛りしているお店で、スタッフもほとんど日本人。フランス語で注文するのを怠ったわけではないのですが、髪質を分かっている人のほうがやはりいいかなと。モンパルナスは語学学校に通うのに通るので、これからはここのお店に行きます。
今週から、年末にある古楽器を使った現代音楽の演奏会のリハーサルが始まりました。本格的な現代音楽は今まであまりやったことがなく、五線が消失するところは練習していて途方にくれます…が、細かい指示を忠実に再現するとどうなるのか、興味が出てきたところです。

さて、今回も前回に引き続き南仏旅行のレポートです。
アルルの観光はトゥールーズと同様に半日しか時間を取っていないので、朝9時から行動開始。観光スポットはどこも10時から開くので、まずコンスタンティヌス共同浴場を外から眺め、ゴッホが描いた《夜のカフェテラス》の元となった黄色いカフェを見た後、例によって教会へ。このサン・トロフィーム教会もまた、アンドレ・カンプラが奉職していた教会です。ロマネスク教会ですが内陣部分はゴシック様式になっていました。あとから増築されたようです。
回廊は有料区域で、アルルの各観光スポットを周ることができるパスを買いました。有効期限が6か月と1年のものがあり、何度も来たい方はかなりおすすめです。回廊はトゥールーズのジャコバン修道院にもあった、正方形の中庭を持つものですが、ジャコバン修道院は赤煉瓦が多く用いられ温かみがあったのに対しこちらの色調は白のみで冷たく、ゴシック様式のリブ・ヴォールトを持つ天井が厳めしい印象を与えます。回廊部分の屋上に上がるとゴシック以降の教会には見られない、日本のような瓦葺きの屋根を見ることができます。
次に古代フォーロム地下回廊へ。入り口が分からず、グーグルマップに表示されている印のところに行っても何もありません。これはどうしたことかと思いましたが、よくよく案内板をたどってみるとなんと市庁舎に入り口がありました笑。もっと分かりやすくして欲しい…。ローマ時代にはこの場所に大きな建物があり、その地下通路にあたる部分がこの回廊です。この日は大分寒かったのですが中に入ると生暖かい。中は薄暗く、地上付近の採光窓から光が差し込む程度なので天気が良くない日はかなり暗いのでしょう。ひたすら続く美しいアーチがローマ人の建築技術の高さを物語っています。奥へ進むと隅に何やら建材のようなものが積んであり、修復工事中なのかなと思いきや、なんとそれはローマの円柱の部品でした。建材というのは正しかった。地上のどこかの建物で使われていたものなのでしょうが、完全に放置状態です。コリント様式の柱頭をこんな間近で観察できるとは。奥へ進むことしばし、どこも同じ風景の地下空間でで迷子になりかけましたが無事に脱出。
購入したパスで共同浴場も見学できるので、先ほど行ったところまで戻り中に入りました。熱い、ぬるい、冷たいの3つの水温の浴場があったらしいのですが、かなり崩れていてどこでどう湯に浸かっていたのかなかなか想像が難しい…。説明版にあった絵を頼りになんとかローマ人たちの様子を想像しました。
心だけ湯に浸かったところで、いよいよ古代劇場と円形闘技場へ。アルルの古代劇場は階段席こそ残っているものの、舞台の壁面は完全に破壊されていて円柱がわずかに2本残るのみ。次の日にはもっと保存状態の良いオランジュの劇場を見る予定なので、往時の姿を偲ぶだけで終了。円形闘技場は一見するとそこまで保存状態は悪くないのかなという印象を受けますが、本来あるべき3層目が今日では無くなってしまっています。ニームの闘技場には入れなかったのでこれが私の初コロッセウム。階段席、回廊、戦士や猛獣が通る通路を一通り見ました。後の時代に要塞として使われていた名残である見張り台からはアルルの可愛らしい街並みを見ることができました。
最後に駅の近くにあるゴッホの黄色い家があった場所を通り、次の街アヴィニョンへ向け出発です。

アヴィニョンの駅を降り、早速教皇庁へ向けて歩き出すといきなり長い城壁が目の前に現れます。今日でもこの町は城壁に囲まれた街なのですね。城壁の前に準備中のトラムの駅と線路があったので、もうすぐ開業するのでしょう。ビニールがかかっていたので廃線ではないはず…。
歩くことしばし、巨大な教皇庁の宮殿が目の前に現れます。世界史に出てくる「教皇のバビロン捕囚」で有名なアヴィニョン教皇庁です。約70年間、ここアヴィニョンがローマに代わってカトリック教会の総本山でした。
早速中に入り、オーディオガイドをもらおうとすると小さいタブレット端末を渡されました。これがかなりの優れもので、順路を進むと自動で音声が再生され、さらに各部屋では当時の豪華な内装を復元した様子が見ることができるのです。そのバーチャル空間に表示されるマークを押すと説明書きを読むことができ、所々に隠されたコインを見つけるというミニゲームが用意されています。フランスに来てから何回もこういったオーディオガイドが電池切れになった経験があるので、ゲームはやめておきました。
各部屋は空間こそ広いものの、今日では室内装飾は殆ど失われています。そうした少し殺風景な空間を見た後、タブレットの画面に表示される復元された空間を見ると、息をのむほど色鮮やかで豪華な空間が広がっているではありませんか。部屋の隅々に細かい彩色がなされ、まるでどこかの国王の宮殿のよう。実際、教皇はキリスト教世界の王なのですが、神の威光を讃えるにしてもちょっと豪華過ぎやしないですかこれ笑。宝物庫があったり、教皇が増設させた大きな厨房があったり。まあ法王とキリスト教世界は現在も存在しているので、これ以上のコメントは控えます。僅かですが今日でもうっすらとオリジナルの絵が残っている壁や天井があり、全て残っていればどれだけ壮観だっただろうかと思いました。
内部は広く、途中から次第にバックパックの重さが肩に堪えてきました。入り口に預けておけば良かった思いながら見学終了。
次はあの「アヴィニョンの橋で踊ろよ、踊ろよ」の歌で有名なサン・ベネゼ橋へ行きました。12世紀に架けられた橋で、その後のローヌ河の氾濫で今日では半分しか現存せず、もはや対岸に行くことができないという何とも奇妙な橋なのですが、入場料を取る上にオーディオガイドが用意されています。なるほどただの橋じゃないということですね。この橋を建設するようお告げを受けたといわれる聖べネゼの礼拝堂が橋の途中にあり、昔から聖地巡礼地であったとのこと。ちょうど夕暮れ時で、橋の上から眺めるローヌ河とアヴィニョンの街はとても美しかったです。
全て見終えたところで閉館時間となり、駅にほど近いホテルにチェックインしてこの日は終了。肩の痛みがだんだん増してきて頭痛がするようになってきたので、シャワーを浴びて自己マッサージをし、早めに寝ました。
翌日、教皇庁の近くにあるプティ・パレ美術館へ行きました。教皇庁とその横にある大聖堂と比べるとずっと控えめな印象の建物で、最初は案内板を見つけることができず迷ってしまいました。展示されているのは出土した聖像の一部や個人の礼拝に使うイエスやマリアを描いた小さな聖像などで、絵画は地域別に部屋が分けられていて微妙に違う様式を感じ取ることができました。最後の部屋にボッティチェリの初期の作品があるのですが、ほとんど貸し出されていて見られたのは一点だけでした。さすがボッティチェリ。
少しだけ時間があったので市庁舎近くのサン=アグリコル教会に入ってみました。土曜日で教皇庁付近は賑わっていましたがこの教会はあまり人気がなく、静けさの中で心を落ち着けることができました。

この後はオランジュへ向けて初のTGVに乗車。といっても日本の新幹線と違い普通列車と同じホームに発着するので特別な感じはあまりありませんでした。20分ほどでオランジュへ到着。
今回も長くなったので、続きは次回にしたいと思います。もう旅行から一か月ほど経過してしまいますが、次回は最終回のオランジュ・リヨン編です。どうぞお楽しみに。


ヴェルサイユ便り