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ヴェルサイユにある興味深い名前の通り

30 1月 2019
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なぜ?なぜアメリカ独立?

先週降った雪が無くなったと思ったら昨晩また本格的な降雪がありました。列車やバスが遅れるのは少し嫌ですが、いつも見ている景色が銀世界になると関東平野部の人間としてはなんだか嬉しいものです。
先週から今週にかけては特段用事がなく、2月7日の王室礼拝堂での演奏に向けた練習に明け暮れました。やればやるほど課題が見えてきてしまって、一瞬めげそうになりましたがそれはただ自分から逃げているだけだなとつくづく思うのでした。できない自分を知って受け止めるところから進歩は始まるものですよね。
あと、寒い自宅を懸命に暖めて練習するよりも学校に行った方がずっと暖かくて良いなと思いました笑。

さて、今週のテーマは「ヴェルサイユにある興味深い名前の通り」です。
ヨーロッパはどこの街でもそれぞれの道に必ず名前が付けられていて、住所も○○通り何番地、という言い方をしますよね。ヴェルサイユも例外ではなく、土地や方面に由来する「パリ通り」や「ソー通り」、人物の名前に由来する「コルベール通り」や「パントル・ル・ブラン通り」、さすがヴェルサイユというべき「ロワイヤル通り」や「レーヌ(王妃)通り」など様々な名前の通りがあり、看板を見るだけで楽しいものです。しかし中には「おや?」というものも…。
今回は私が見つけた少し興味深い名前の通りを2つご紹介したいと思います。

1.アメリカ独立通り
ヴェルサイユ宮殿の南の翼棟やグラン・コミューンなどに面し、スイス人の池方面に続く通りです。
え?なぜアメリカ?と思いませんか?
アメリカの歴史に詳しい方ならもしかすると何となく察しがつくかもしれませんが、私はあまり詳しくないものでして、アメリカ独立とヴェルサイユがどう関係するのか全然分かりませんでした。
イギリスからの植民地支配を脱してアメリカが独立を果たしたアメリカ独立戦争にはフランスも介入しており、その講和条約が1783年にパリとヴェルサイユで締結されたのです。当のフランスは莫大な負債を抱えて介入したのに大した成果を得られなかった手痛い戦争でしたが、そのようなわけで今もこうして、大西洋の遥か彼方にあるアメリカの名前がここヴェルサイユの通りに付いているのですね。
ちなみにあのベンジャミン・フランクリンも何度かヴェルサイユを訪れているとのこと。

2.マトロ(水夫)通り
ヴェルサイユ宮殿の庭園にある大運河の東の端から南に向かって伸びている通りです。
周りには海はないし、セーヌ川はずっと北の方を流れているのにどこで水夫が船に乗るのでしょうか。そうです、庭園にある大運河です。
この運河はただ景観のためにあるのではなく、船を浮かべて舟遊びをすることができました。またそれに留まらず、新しい戦艦ができると国王がその出来栄えを見るためヴェルサイユまで部品を運び、近くで組み立てて運河に浮かべたのです。
今日でも庭園の運河では、日本の湖のように貸しボートがあって舟遊びが楽しめます。一人だと何ですが、機会があればやってみたいものです。

今回はヴェルサイユの通りを2つ紹介しました。次回はパリ周辺の移動に不可欠なナヴィゴNavigoについてまとめてみたいと思います。

ヴェルサイユ地方音楽院

23 1月 2019
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オテル・ド・シャンセルリーの代表的な部屋、サル・ラモー

昨日からヴェルサイユ、パリとも雪化粧となっています。今日も一日中降雪の予報なので結構積もりそうです。
降り出した時はパリにいて、東京のような水分の多い雪で歩道がシャーベット状になって嫌だなと思ったのですが、ヴェルサイユに帰ってくると積雪が多く、少し乾いた雪質に感じられました。駅から帰るのに通る公園の小道は圧雪されたスキー場のような状態になっていて、スキーをしたくなりました笑。パリとヴェルサイユ、20kmしか離れていないのに少し気候が違うのは興味深いですね。
昨日の段階では道を行くバスや車はチェーンを付けていませんでしたが果たして大丈夫なのでしょうか…。

さて、そんな中ではありますが今回は私の通うヴェルサイユ地方音楽院についてお話ししたいと思います。
ヴェルサイユ地方音楽院の校舎はヴェルサイユ宮殿に向かって左手、シャンセルリー通り沿いに位置しています。このことからこの校舎は「オテル・ド・シャンセルリー」と呼ばれています。(オテルはホテルという意味もありますが、公共の建築物や館という意味もあります)
この他にもいくつか校舎があるようですが、古楽科はいつもシャンセルリー校舎で全ての活動が行われるので残念ながら他の校舎に行ったことがありません。ご興味のある方は公式サイトをご覧ください。
シャンセルリー校舎は、元来はフランス王国国璽保管官の邸宅で、簡単に言うならば首相官邸であった建物です。といってもすぐ横にあのヴェルサイユ宮殿があるので別に観光客が来るわけではないのですが、一応宮殿付近の史跡巡りコースに含まれていて説明書きの看板もあります。ちなみに日本語も少し訳が変ですが書かれています。
門を入ると右手に守衛所と受付、奥に自販機コーナーと事務所があります。正面にはオディトリウムと呼ばれる演奏会用ホールがあるのですが現在工事中で、私もまだ入ったことがありません。そして左手がレッスンや練習をする部屋がある建物となっています。
この建物は2階建て(日本でいえば3階建て)となっていて、殆どの部屋に作曲家の名前が充てられています。それが流石ヴェルサイユらしくバロック時代の作曲家、リュリやラモーは勿論のことド・ヴィゼー、カンプラ、ド・ラランドや12のオボワ、24のヴィオロンの部屋などもあって、ファンにはたまらない演出となっています(違)。
0階と2階は現代の音楽院らしい近代的な内装になっていますが、1階の各部屋は18世紀の雰囲気が色濃く残されており、中でも中央に位置ししばしば演奏会に使われるサル・ラモーは格別です。天井の装飾とそこから吊り下げられたシャンデリア、今も残る大理石の暖炉など、調度品さえ揃えればすぐにでもタイムスリップしそうな空間です。しかもよく見ると、シャンデリアや暖炉にはフランス王家の紋章が…。ここで演奏できるのは本当に嬉しい限りです。

次に古楽科についてですが、人数は把握しているだけで30名近くいます。アンサンブルの授業や演奏会のプロジェクトに参加していない人は会う機会がないので、実際はもっと多いかもしれません。ヴェルサイユ地方音楽院は古楽と現代音楽の分野に力を入れているようで、相応に学生が集まるのでしょう。
月曜日は古楽のレッスンや授業が多いようで、ヴァイオリン、フルート・ミュゼット、リコーダー、チェンバロのレッスンが行われていることは把握しています。アンサンブルの授業は現在私が通っているバロック室内楽の授業と、私は行っていませんがルネサンス・コンソートの授業もあるようです。私が知らないだけでまだあるかも知れません。
専攻とアンサンブルにはそれぞれ発表の機会が隔月くらいの頻度であり、一般公開されています。地元情報誌に掲載されており、ヴェルサイユ市民の紳士淑女が毎回訪れています。毎度書きますがこうして地域貢献ができることは良いことですね。
学生生活や授業についてはまた今後も追記していきたいと思います。

今回はヴェルサイユ地方音楽院についてでした。次回はヴェルサイユにある特徴的な名前の通りをいくつか紹介したいと思います。どうぞお楽しみに。

ヴェルサイユ宮殿の木曜演奏会

17 1月 2019
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ゲネプロ直前の王室礼拝堂祭壇付近

このところは少し青空が見えるヴェルサイユです。いつも曇ってばかりだと少し晴れ間が見えただけでとても嬉しいものですね。
先週から以前リハーサルしていたラモーの「優雅なインド」の本番が始まりました。1回目は王室礼拝堂、2回目はシリー・マザランにあるとある小さな教会、今週末はオルセー県立音楽院の音楽堂です。1回目は割と良かったのですが2回目はずれたり色々な事故がありました…有り難い事に第1ヴァイオリンのトップをやっているので何かあった時は対処せねばならないのですが、一人の力ではどうにもならない事もあります。
先週の土曜日はパリ国立高等音楽院の教育学の授業に縁あって参加してきました。国立の学生が先生の前で生徒役にレッスンをして、それに後から先生がコメントするという授業で、私は生徒役。同じ年代の、レベルが同じ人にレッスンを受けるのはなかなか新鮮でした。

さて、今回は前述の「優雅なインド」で初めて参加した、ヴェルサイユ宮殿の木曜演奏会Les jeudis musicauxについて書きたいと思います。
今期は昨年の11月から今年の6月までの24回、木曜演奏会が予定されています。ヴェルサイユバロック音楽研究センターが主催している演奏会で、センターの歌手だけでなくパリ国立高等音楽院のオルガン学生や周辺の地方・県立音楽院の学生も演奏に参加しています。場所はヴェルサイユ宮殿の王室礼拝堂で、演奏謝礼は出ませんがあの空間で弾けるということはとても光栄ですし良い勉強になります。
お客の方も入場料は無料で、予約は不要ですが先日もほとんど満席でしたので、行く場合は少し早めに行った方が良さそうです。客層は年齢層が高めで、偶然居合わせた観光客もいるでしょうがやはりヴェルサイユ市民が多いのではないでしょうか。こうして学生が地域貢献できるところが、ヴェルサイユの良いところです。
さて、当日はセンターで1時間半ほどリハーサルをした後、みんなで徒歩で移動してゲネプロとなりました。私は寄り道して着替えてきました笑。宮殿が目の前に迫ってくるにつれ、とても引き締まる気持ちになりました。ルイ14世の時代から、一体何人の音楽家が同じ道のりを歩んだ事でしょう。自慢の作品を携えて来た者、誰にも負けない演奏技術を披露しに来た者、そして父親に連れられてきた8歳の神童モーツァルト…。全ての者がきっと、こんな気持ちになったに違いありません。いや、彼らの時代は国王がいたわけですから私とは比べ物にならないか。そんなことを考えながら、門に向かって歩いて行きました。
ゲネプロは16時からでしたので、宮殿内にはまだ観光客がいました。演奏会がある時以外は礼拝堂の入り口に柵が置かれているのですが、楽器を持った私を見ると横にいたスタッフが柵をずらしてくれました。うーん、関係者として入れるのって嬉しいですね!
そのまま左手奥まで進むと下に降りる階段があって楽屋があります。礼拝堂は暖房が効いていますが楽屋との間の階段はとても寒かったです。楽屋は小さい部屋が一つと台所が付いた部屋が一つ、男女一つずつの少し広い部屋があるだけでした。昔はここはどう使われていたのでしょうか。壁には修復工事の図面が貼ってあり、工事の会議もここでやっているようです。
そうそう、書いていませんでしたが現在王室礼拝堂は修復工事中で、外壁はすっかり足場を隠す大きな壁で覆われています。その壁にはよくあるように写真が使われていてただの壁ではないのですが、それにはなぜか内装の写真が使われています…。こういうのは外装の写真を使ってなるべく見た目にも遜色ないようにするのではないのでしょうか。均整の取れた宮殿で一際目立つ礼拝堂なだけに、この外装は大きく景観を損なっている気がしてなりません。早く修復が終わってほしいものです。内部はあまり工事しているのが気にならないようになっていますが、上部にあるいくつかの窓は木版で塞がれています。
リハーサルを始めてしばらくの間、工事の音が続いていました。なんだかとてもシュールな現場で、師匠で指揮のパトリックも嫌な顔をしていましたが作業終了時間までどうにもならなかったようです。
祭壇の前の床は色の付いた大理石により美しく装飾されていて、さながら南仏で見たローマ劇場の舞台のようです。2階部分にも巨大な円柱が使われていますし、他の大聖堂や教会にはない華麗さがこの礼拝堂にはあります。
音を出してみると確かに響くのですが、先日行った演奏会で感じたようにやはり音が散っていく感じがします。そのせいなのかどうなのか、巨大な空間の中で自分がとても小さな存在のように感じられました。今日はただ一ヴァイオリン奏者のはずなのに、場所に威圧されるというか、雰囲気に飲まれるというか…ヴェルサイユ宮殿王室礼拝堂ということで意識しすぎなのかもしれません。来月ルクレールの協奏曲を弾く前に一度弾けて良かったです。
本番はパトリックの短い挨拶があった後、まずはオルガン演奏でスタート。優雅なインドの序曲をオルガンで聴くという滅多にない機会。でもやっぱりオーケストラでしょ!という事でもう一度序曲から、オーケストラ演奏がスタート。
進行していくと、途中でパトリックがタンブーランを忘れたまま進行してしまうというハプニングが発生。彼はお辞儀をして奥に引き上げて行ってしまったので、空気を読んで次の曲はどうするのか聞きに行くと、「心配しないで!」という事でした。彼も多分途中で気がついたのでしょう。これは最後にアンコールとして加えることで見事に解決、ついでに有名な「未開人のエール」ももう一度演奏して観客は大盛り上がりでした。
演奏はまずまずの出来で、無事にヴェルサイユ宮殿デビューを終えることができました。次は鏡の回廊デビューを狙いたい!
ちなみにこの演奏会はぴったり1時間と決められているらしく、1曲アンコールしたものの進行はとてもスムーズでした。観覧時間はもう終わっているので、ヴェルサイユ宮殿自体を閉めるためだと思います。
帰りはいつもの通り、徒歩数分で自宅に着きます。本当に良いところに住んだなと、しみじみ思いました。

今回はヴェルサイユ宮殿の木曜演奏会についてお伝えしました。次回は私の通う、ヴェルサイユ地方音楽院について書いてみたいと思います。

フランスの年末年始

9 1月 2019
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新年に向けたカウントダウンが行われた凱旋門

Bonne année! みなさま、明けましておめでとうございます。
私は両親がこちらへ旅行に来たので、久しぶりに家族そろったひと時を過ごすことができました。餅を買ってきてお雑煮を作ったりしました笑。
また今回、いつでも行けると思ってなかなか行っていなかったルーヴル美術館やオルセー美術館、エトワール凱旋門の下などパリの観光スポットに初めて行きました。2つの美術館は無料で入れるうちに、これからじっくり時間をかけて回りたいと思います。

さて今回は前回予告したフランスの年末年始について書いてみようと思っていたのですが、正直あまり特別なことはありませんでした。
日本のように新年を祝う飾りつけは特に見当たらず、新年になってもまだクリスマスツリーがあったりイルミネーションがあったりします。最も1月6日にイエスの受洗を祝う公現祭があるので、25日になったらさっさとクリスマスを終わらせて門松や鏡餅を出す日本の方が変なのですが、それは自国の文化であるお正月を優先しているためなので仕方のないことでしょう。
ただ新年になったら「ボナネ!Bonne année!」 という挨拶もしますし、パリではいろいろなところで新年に向けたカウントダウンが行われていました。ちなみにヴェルサイユ宮殿周辺はとても静かでしたね。
パリのカウントダウンを見てヴェルサイユに帰ってくると軽く1時を過ぎてしまうので、BFMチャンネルのテレビ中継で凱旋門のカウントダウンを観ることにしました。ちなみに家にテレビはないのですが、iphoneにBFMTVのアプリを入れて観ることができました。
23時30分頃から(だったように記憶しています)プロジェクションマッピングが展開され、新年になると花火が非常に派手に打ち上げられました。来年は行ってもいいかも…知れません。乞うご期待。
ちなみに各交通機関は1月1日の正午まで無料で利用できたようです。ただし1日はC線でストライキが行われておりリーヴ・ゴーシュ駅から列車に乗れず不便でした…。無料にしなくていいからちゃんと列車を動かしてほしい。
聞いた話では、フランスでは日本のように三が日というものはなく、31日から1日の朝まで飲んで騒いだ後は、2日から普通に仕事をし始めるとのこと。私も3日から今週の演奏会に向けたリハーサルがみっちり入りました。でも日本と違い企業にもバカンスが多いので、わざわざ新年に3日休日を取る必要はないということなのでしょう。

今回は少し短かったですが、フランスの年末年始についてでした。次回は今週行われる、ヴェルサイユ宮殿の木曜コンサートの模様をお伝えします。