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モン・サン=ミシェルへの旅(前編)オマハ・ビーチ

8 1月 2020

オマハ・ビーチのモニュメント

皆さま、明けましておめでとうございます。今年はカレンダー上都合がよく年末年始の休暇が長かった方も多いのではないでしょうか。
フランスでは相変わらず国鉄とパリ交通公団のストライキが続いていて、音楽院の夜の授業はパリに帰る人のために早く切り上げられたり、校内演奏会が延期になったりと身の回りでは少なからず影響があります。このストライキが始まってからもう一か月、RERのC線を始め全く列車を運行していない区間が数多くありますが一体いつになったら終わるのでしょう。

さてそんな中、フランスに来た両親と共に年末は色々なところに行きました。その中から今回はノルマンディー地方とモン・サン=ミシェルに行った話をご紹介したいと思います。
モン・サン=ミシェルに行こうとすると列車で行く、レンタカーで行く、バスやバスツアーで行くなど色々な手段がありますが、休暇中は列車やバスの値段が高く3人ではコストがかさむので、色々検討した結果ノルマンディー地方のカーンまで列車で行ってそこからレンタカーで行くことにしました。
ちなみになぜヴェルサイユからレンタカーで行かないのかというと、フランスのレンタカー料金体系は日本と少し違って、基本料金は一日単位で30-40€と安いのですがある一定距離(250kmなど)走るとそこから1kmあたりの追加料金が加算され、長距離を走るにはもの凄く高額になってしまうプランが大半なのです。フランスでレンタカーを借りる際はしっかり説明を読むことをお勧めします…。
そのような訳なので、一人往復20€弱と割と安く列車の切符が取れるカーンまでまずは行く…のですが、ここにもストライキが立ちはだかりました。前日になって予約していた列車が往復とも運休になると分かり、慌てて他の運転する列車を予約。差額分は払い戻されるという説明書きがあったので良かったですが、混雑して予約できなかったら旅行がキャンセルになってしまうところでした。メールでの通知も来ず国鉄のサイトで確認しなければならず、長距離列車を多用する方はストライキ期間中さぞ大変だろうなと思います。
カーンに着き、予約していた駅前のレンタカー窓口で手続きをします。今回利用したのはAVISという会社で、フランスでは大手の一つでフランス国鉄と提携しており、列車と一緒に予約すると特別料金が適用されたりします。初めてなので手続きが上手くできるかどうか少し心配でしたが、少し説明と書類にサインをするだけで簡単に借りることができました。一方で残念だったのは車種。予約する時に画面に表示されていたのはFIATの500で、私は一度この小さくてかわいい車を運転してみたかったのですが渡された鍵はPeugeot。「FIATじゃないんですかー?」と店員のお姉さんに言ってみましたが「Peugeotの方が広くて良いでしょ」と笑顔で言われてしまいました(笑)。事前に3人で乗ることを申告していたわけではなかったので単に配車の都合でしょうね。というかそもそもFIAT500相当クラスの予約というだけでFIAT500が指定されているのではなかったのだと思います。
そんなこんなでやや広めのPeugeot(残念過ぎて車種も覚えていません)で発進。事前に一応フランスの交通法規は勉強しましたがいざ走ってみると意味不明な標識や信号機があったりで特にカーンの市街地は中々スリリング。パリじゃなくて良かった…。
ちなみに私の運転免許証はどうなっているのかというと、学生は制度上フランスの運転免許証に切り替えができないので、在仏日本大使館で用意してもらった翻訳書類と日本の運転免許証で運転しました。国際免許証でも良いのですが日本にいた時はフランスで運転するつもりはなかったので申請していませんでした。
カーンの市街地を出て、直接モン・サン=ミシェルに向かっても良いのですがせっかくなので少し寄り道。今回カーンを起点にしたのは、昨年オーケストラの仕事で来た際に行くことができなかった第二次世界大戦の激戦、ノルマンディー上陸作戦が行われた浜辺に立ち寄るためでもありました。特に近代史や軍事のマニアというわけではありませんが、歴史を知る上で一度訪れておこうと思ったのです。
連合軍による上陸作戦が行われたノルマンディーの浜辺はいくつもありますが、今回は米軍の上陸地点で有名なオマハ・ビーチに行ってみました。高速道路を下りてしばらく田舎道を走ると、海岸沿いに建つコンクリート製の碑の近くに駐車場を見つけたので車を停めました。
のどかで人気のない静かな浜辺、コンクリート製の碑の裏側には写真のように現代アートのようなモニュメントがありました。これは何を現しているのでしょう…?この地に倒れた兵士たちの魂が昇っていく様でしょうか。周りを見渡してみると、海から陸地に到達するまで浜辺の距離がかなりあり、遮蔽物のない中で丘にあるドイツ軍の陣地から放たれる銃弾をかいくぐって突撃するのはかなり困難であったことが容易に想像できました。しばし黙祷。
近くにいくつかある戦争博物館は全て冬季休業のため入ることができず、あまり時間もなかったので近くのレストランで昼食をとった後本来の目的地モン・サン=ミシェルを目指すことにしました。このレストランもこんな過去がなければ外部から客など来なかったのかもしれませんが、特に夏季は当時を偲ぶ観光客や戦没者遺族が集まって繁盛するのかなと思いました。

次回はいよいよモン・サン=ミシェルのレポートです。

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