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ヴェルサイユ宮殿観光の手引き③

27 3月 2019

ヴェルサイユ宮殿の代名詞、鏡の回廊

日本ではもう桜が咲いていると聞き及びますが、ここヴェルサイユでも実は咲いています。ヴェルサイユ・シャンティエ駅前の工事進展と共に桜が植えられ、木は小さいながらも元気よく咲いています。桜と花見については追って特集を組みたいと思います。
先週は学生オーケストラの本番が2回、王室礼拝堂とパリ郊外の小さな教会でありました。いやはや、とにかく終わってよかったという感じですね。これらの作品にはプロの現場でまたお目にかかりたいものです。

さて、今回のヴェルサイユ宮殿ツアーはついに宮殿の中心部へ、あの大回廊へ参ります。
カーテンが引かれた薄暗いアポロンの間を出ると再び明るい空間となり、左手にはもう既にあの鏡の回廊が私たちを出迎えていますが、焦らずまずはこの部屋をじっくりと見ましょう。「戦争の間」と呼ばれるこの部屋は回廊を挟んで反対側にある「平和の間」と対になっており、3つの空間がルイ14世の成し遂げた軍事的・民事的功績を讃える設計になっています。この部屋は特に1678年に終結したオランダ戦争が主題となっており、天井の中心には「勝利の女神たちに囲まれて雲の上に座る武装したフランス」がルイ14世の肖像が描かれた盾を持ち、周り4つの絵に雷を落としています。これらはそれぞれ当時の敵国でフランスに敗戦したオランダ、スペイン、神聖ローマ帝国と、4つ目は埋め合わせとして「反抗と不和の間で怒り狂う戦争の女神ベローヌ」となっています。4つの絵の間には2人の天使がブルボン家の家訓であるNec pluribus impar(ラテン語で多数に劣らずの意)が書かれたリボンを掲げています。壁面に目を移してみれば、アポロンの間側に大きな楕円形のレリーフ「敵を踏みしだく馬上のルイ14世」があり、上にはトランペットと月桂冠を持った名声の女神2人がルイ14世へ王冠を授けようとしており、下には鎖につながれた捕虜がいます。暖炉(使用することはできずただの飾りのようです)の蓋には女神クリオが王国のこれからの歴史を石板に刻もうとしています。
さて、十分すぎるほどルイ14世の勝利と威光を見たところで、いよいよあの「鏡の回廊」へ足を進めましょう。回廊の名前にもなっている17にも及ぶ鏡の扉は庭園を望む窓と対になっていますが、当時贅沢品であった鏡をこれだけの量使用するということはフランスの豊かさと工業力を表していました。鏡の製造はコルベールの重商主義政策の一環で設立された王立鏡面ガラス製作所(今日のサン=ゴバン社)によって行われ、この製作所はやがて当時主流であったヴェネツィア製品を凌ぐ品質を誇るようになったのです。天井には1661年の親政開始から1678年のオランダ戦争終結までのルイ14世の功績が注意深く考案された見事な配置で描かれています。この素晴らしい絵画群はずっと眺めていたいところではありますが、何にせよ天井画なので首が痛くなってくるんですよね…(笑)。車の点検で使うような寝られる台車で鑑賞してみたい!のは叶いそうにもないので、じっくり鑑賞されたい方は専門書で見られることをお勧めします。何せヴェルサイユ宮殿観光はまだまだ続くのですから。後は書いていけばキリがないので実際に行ってこの感動を味わってください、と言いたいところですが一つだけ特筆するなら、是非大理石の柱のピラスター上部にある柱頭に注目してください。これは「フランス式オーダー」というコルベールの要請でル・ブランが創作したものなのです。一見コリント式柱頭に見えますが、よく見ると左右の両端は雄鶏になっており、上にルイ14世の象徴である太陽を戴くフランス王家の紋章ユリがデザインされています。こうしてギリシャやローマから脈々と続くオーダーという建築様式に新たな形を作ることによって、芸術的に優れていたこれら古代の国々と肩を並べようとしているのです。回廊を進むと奥に平和の間があり、そこから王妃のアパルトマンが続きますが、現在修復中でこの先は私もまだ入ったことがありません。平和の間の入り口付近にはシャム使節から送られた銀製のポットが展示されています。
中央付近の鏡の扉が開いているので、そこから次の国王のアパルトマンへ進みましょう。この順路は執務室から衛兵の間へ、逆の順序で進んでゆくのをお忘れなく。「閣議の間」は元々2つの部屋であったものをルイ15世が1755年に現在のような姿へまとめたので、装飾はこれまで見てきた豪華絢爛なバロック様式とは異なり優雅で繊細なロココ様式のものとなっています。戦争の開始など1世紀以上にわたり政治的に重要な決定が行われてきたこの部屋は、革命まで政府の中枢でした。ルイ15世の小アパルトマンをこの部屋から覗くことができますが、残念ながら普段は非公開です。ツアーで見学ができるようです。
次はヴェルサイユ宮殿の中心部、国王の寝室です。今までの国王の大アパルトマンや鏡の回廊でも十分すぎるほど豪華でしたが、この部屋はとにかく金、金、金。円天井までの壁面はほぼ全て金色で埋め尽くされており、装飾は他に例を見ないほどの密度です。ベッドの周りの布は季節ごとに交換できるようになっており、これは宮廷を移動する古の国王の習慣によっています。ベッドの上部には女性に擬人化されたフランスが国王の眠りを見守るという構図になっています。このように壁面は全て金箔の装飾が施されていますが、天井は対照的にただの白い漆喰で装飾や天井画はありません。その方が壁の装飾が際立つからでしょうか…。ちなみにこの寝室ができたのはルイ14世晩年の1701年で、その後の15世と16世は小アパルトマンで就寝したためこの寝室は儀式用となりました。ここまで広く豪華な寝室は寝るにはやはり落ち着かなかったのでしょうね。
さて、次は第2控えの間である「牛眼の間」で、天井付近の帯状装飾にある楕円形の窓が名前の由来となっています。以前はこの空間に寝室と控えの間がありましたが、謁見する人数が増え手狭になったようです。壁にはルイ14世とその家族の肖像画が掛けられていますが、この部屋で特筆すべきは天井付近のフリーズにあたる帯状装飾です。化粧漆喰と金箔による格子模様を背景として活気あふれる子供たちが思い思いに遊んでいる様は、おそらく老齢になったルイ14世が若かった頃の狩りや舞踏の楽しみを思い出すためのものでしょう。
次は第1控えの間ですが、「国王の公式晩餐控えの間」として国王が宮廷人や訪問客の前で夕食を摂った部屋です。テーブルには復元されたナプキンや燭台、その周りには国王や親族、宮廷人他のための椅子が再現され置かれています。壁面の装飾は第一控えの間だけあって前の部屋よりもずっと控えめなものになっています。
次の衛兵の間にはもうほとんど装飾がなく、ただの広い空間で特に見るものはありません。唯一ある暖炉上の絵画や壁の上部にある兜や矢筒の装飾はこの場所を警備した近衛兵にちなむものです。なんだかとても物足りなく感じてしまうのは、この前の部屋たちの眩い豪華さで感覚がおかしくなってしまったせいでしょうか。
この部屋を出ると、多色の大理石が用いられた「王妃の階段」となります。対となる「大使の階段」は現存しませんが、この階段も負けないほど豪華なものです。階段の横には「東洋風衣装の人物のいる宮殿の風景」の騙し絵が掛けられ、空間に広がりを持たせています。この階段を下りずに左の扉を進むと、ルイ=フィリップ王が作ったフランス史博物館となり革命以後の歴史を絵画で見ることができますが、残念ながら旧体制時代の面影はありません。

今回は戦争の間から国王のアパルトマンまでご紹介しました。次回は一階に降りて、王女のアパルトマンを見ていくことに致しましょう。


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